「 菅民主党の政治とカネは清潔か 」
『週刊新潮』 2010年7月1日号
日本ルネッサンス 第417回
誰も鳩山前政権のことを語らなくなった。鳩山由紀夫氏も小沢一郎氏も、忽然と姿を消したかのように、人々の口の端に上らなくなった。いまや、話題は菅直人新首相への高支持ばかりである。
参院選挙まで2週間半、このままの支持率で逃げ切りたいと菅首相が企んでいるのは明らかだ。
菅政権下の民主党の基本政策は、鳩山前政権と殆ど変わらない。にも拘らず、支持は劇的に回復した。だが、前政権との実態に差がないところで回復した支持は、実態に変化なしとわかってしまえば、急速に失われていきかねない。そこで首相は、国会論戦にも応じず、報道陣の質問にも答えず、殆どなんの説明責任も果たさないまま、選挙まで乗り切ろうとしているのだ。自身と民主党の等身大の姿をひた隠しにすることは、情報公開と説明責任によってのみ健全に成り立つ民主主義にとって、実に忌むべき悪事である。
菅政権が前政権と全く変わらない事柄のひとつが「政治とカネ」にまつわる不透明さである。首相個人に関連することで言えば、首相が特に要請して国家戦略担当相に任命した荒井聰氏の事務所経費問題だ。荒井氏側が経費を支払っていたとする事務所は氏の友人宅で、友人は一銭も受け取っていないとメディアに証言した。また、荒井氏の政治団体の事務所経費が漫画本や女性用下着に費やされていたことも判明した。にも拘らず、同件についての納得できる説明は、一切ないのである。
鳩山前政権は、鳩山氏の母親からの資金提供については事実上説明しなかった。小沢一郎氏の陸山会の資金についても、説明責任は果たされていない。荒井氏の件についての菅政権の無責任さは、鳩山前政権と何ら変わりはない。そして民主党の「政治とカネ」には、もっとズル賢いカラクリがある。
労働組合の人的、金銭的支援
「クリーンな政治を目指す」と断言してきたのが民主党である。昨年6月には、「政治に対する国民の信頼を回復」するとして、政治資金規正法の改正案を国会に提出した。そこには「会社、労働組合、職員団体その他の団体」が献金禁止の対象として挙げられたが、「政治団体は除く」と明記されている。これが一体、どのような形で政治資金を民主党に流れ込ませる裏道となるのかは、後に詳述するとして、その前に民主党がどれほど労働組合の人的、金銭的支援に依存しているかを見てみよう。
偽メール事件で前原誠司氏が民主党代表を退き、小沢氏が新代表に就任したのは06年4月7日である。翌日、菅氏を代表代行に指名し、他は全て留任の党人事を行ったが、小沢代表は同日、真っ先に「連合」本部を訪問した。
連合は日本の労組員数の約3分の2の680万人余りを擁する巨大労働団体だ。1989年の誕生以来、「二大政党制」の実現を目指し、非自民勢力としての民主党を支持してきた。
そして、翌07年は参議院選挙の年だ。小沢代表は年明け早々、連合本部を訪れ、高木剛会長らに協力を要請、高木氏も古賀伸明事務局長も、小沢氏と共に全国の選挙区行脚を開始した。当時、全国行脚につき従った幹部が語った。
「各選挙区で、連合傘下の労組の幹部、それに中堅の人材も紹介していきました。夜は夜で大いに盛り上がった。このくらいしなければ顔つなぎは、そう簡単には出来ない。小沢氏は労組の皆に率直かつ親しみ易い態度で接したのです。初めはどんな人物かと訝っていた連中も、こうして打ち解けていった」
小沢氏は労組を取り込むことで、自民党と異なり、足腰に相当する地方組織を持たない民主党の足場を固めていった。この07年の選挙で民主党が勝ち、遂に参議院での与野党勢力を逆転させたのは周知のとおりだ。
同選挙で民主党は労組出身者7人を立て、全員が当選した。自治労出身の相原久美子氏が約50万票、自動車総連の池口修次氏が約25万票などで、7人で計182万票を獲得した(『読売新聞』2010年4月10日)。
民主党は続いて昨年の衆院選挙で大勝し、今度は政権を奪取した。9月16日に鳩山首相が誕生。翌17日、田園調布の私邸から官邸に到着した首相が真っ先に招いたのは高木連合会長らだった。民主党勝利への功績大ということなのだろう、午前9時31分から10時まで、首相としての貴重な時間を彼らが共に過ごしたことを、首相動静は記している。
小沢氏も鳩山氏も、また民主党全体が如何に労組を重視しているかの具体例である。今年の参院選の労組出身の候補者は、07年より4名多い11名である。その中にJR東労組の実力者、松嵜明元会長の側近といわれる田城郁氏も名を連ねている。
労組依存の民主党
松嵜氏はJR東労組の委員長や会長を歴任したが、JR東労組と「革マル派」(日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派)には警戒すべき関係があると、今年5月11日、政府が答弁している。これは自民党衆院議員の佐藤勉氏の質問への答弁で、鳩山首相名でなされた。
答弁書はまず、革マル派を「極左暴力集団」と断じている。彼らは、「将来の共産主義革命に備えるため、その組織拡大に重点を置き、周囲に警戒心を抱かせないよう党派性を隠して基幹産業の労働組合等各界各層への浸透を図って」いると明記し、「JR総連及び東日本旅客鉄道労働組合内には、影響力を行使し得る立場に革マル派活動家が相当浸透している」とまで断じているのである。
そのようなJR東労組の松崎氏に近い人物を、菅首相も枝野幸男幹事長も、参院選挙での民主党の候補として、公認しているのだ。有権者として、このことは明確に記憶しておかなければならない。
さて、このことと冒頭で問題提起した政治資金規正法の問題と、どうつながってくるのか。民主党は企業献金をゼロにすると主張する。そのことで決定的な影響を受けるのが自民党である。
同時に、民主党は、労組、職員団体なども献金禁止の対象として列挙したが、それで政治とカネの関係が浄化されるのかは大いに疑問だ。
理由は政治団体が除かれていることだ。NTT労組の作った「アピール21」のように、労組が政治団体を作る事例は珍しくないのである。
アピール21は08年に民主、国民新両党の議員らに6,200万円を献金した。民主党案は、企業献金を禁じて、自民党の力を殺ぐ一方で、労組の政治資金が労組の作る政治団体経由で民主党側に流れ込むルートを確保するものだともいえる。菅民主党の掲げるクリーンな政治、政治とカネの透明化に疑問を抱き、労組依存の民主党の体質に危惧を感ずるゆえんである。