「 失敗に終わった北朝鮮のデノミ 破綻した金体制を支える中国 」
『週刊ダイヤモンド』 2010年3月13日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 829
昨年11月末に行ったデノミについて、北朝鮮が通貨供給や商品流通などで混乱を招き、当初の目的は達成できなかったと総括していたことが明らかになった。北京発共同電によると、「団結して難局を乗り切る」ようにとの通達が、今年2月半ばに在外公館に送られていた。
北朝鮮でデノミが行われたことをいち早く国際社会に知らせたのが「北朝鮮知識人連帯」の一員だった。「連帯」は脱北して韓国に逃れてきた知識層、たとえば大学教授だった人々などが構成する組織で、北朝鮮の現状分析に少なからぬ貢献を果たしてきた。
昨年暮れ、ソウルで私は「連帯」の主要な人物らに会ったが、その中には、デノミ情報を世界に初めて伝えた人物もいた。彼らが披瀝したデノミについての独自の考え方は、経済学から見るデノミの解釈とは異なり、北朝鮮の人びとの暮らしそのものを彷彿とさせるものだった。以下、彼らの話を紹介してみたい。家族が北朝鮮に残っているために発言者は匿名である。
デノミの第一報をもたらした人物は、「今回の貨幣改革の最終的な目標は社会主義への回帰」だと断定した。
右の「第一報者」は、デノミを支持しているのは社会の底辺の庶民と高職者で、最も深刻な打撃に苦しんでいるのが、中間層だと語った。
「政府の高職者らは市場でカネ儲けをしている中間層に頭が上がらなくなっているのです。たとえば職場の指導的立場にいる人間が、今日は商売のために出勤しないと言っても、文句は言えない状況が存在します。なんといっても、政府に頼るよりは市場で商売をして儲けるほうがはるかに効率がよい。小ガネを蓄えて経済力をつけた部下と、政府機関の上司というだけの人間の力関係はすでに逆転しています。デノミはこの逆転関係を元に戻すという意味で、高職者に歓迎されているのです」
では庶民はどうか。第一報者が語る。「北の庶民は国営企業や共同農場で働いている人びとのことです。彼らの収入は、約二割が市場から、八割が国営企業での月給だと考えてよいでしょう。今回の改革では、国営企業で得ていた月給、たとえば2,300ウォンとします、その2,300ウォンを、改革後ももらえるのです。100分の1のデノミをしたのに、同じ額の給料をもらえるということは、実際には給料が100倍になったということです。以前はコメが少ししか買えなかったのに、今は十分に買える。庶民がデノミを支持するのは、こういう理由からです」。
中間層についてはこう語る。
「この定義が正しいかどうかは別にして、中間層とは、北朝鮮の破綻した経済のなかで、自分なりに生き残る道を切り開いた市場の主役たち、といえばよいでしょうか。彼らはさまざまな工夫をして、なにがしかの資本をため込み、商売をしてカネ儲けに成功してきた人たちです。今、北朝鮮の経済は、じつはこうした人々によって支えられている。しかし、今回、彼らこそが狙い撃ちされたわけです」
これらの人びとのほかに、文字どおり生か死かの問題に直面するのが高齢者と子ども、それに独身の女性たちだという。つまり職場もなく、自分でカネ儲けをする手段も持たない人びとだ。
「北朝鮮政府は、これらの人びとの生活を保護するとして、国家食糧販売所をつくり、すべての食糧をここで売らせる、つまり市場では売らせないことにしました。国家が経済のすべてをつかさどるということです」
その試みが失敗したと、北朝鮮当局が正式に認めたわけだ。金正日体制は事実上破綻したということだが、その金正日氏が近々、中国を訪問するという情報がある。中国訪問で彼が得たいと考えているのは、種々の援助である。中国こそがあの金正日を支え、国民全員を人質にした独裁体制を守り続けていることが、以上からも明らかだ。