「 遂に民主党も消費税率の議論解禁 」
『週刊新潮』 2010年2月25日号
日本ルネッサンス 第400回
「小さな前進、大きな後退。これが民主党政権の政策です」
小泉政権で日本経済の舵取りをした竹中平蔵慶應義塾大学教授がこう語ると、会場はどっと沸いた。次に、民主党の内閣府副大臣、大塚耕平氏が「消費税」について語ったとき、立ち見も出た会場の聴衆が耳をそばだてた。
「消費税について、次の総選挙では何%にしてどういう使い方をするということを掲げない党は、国民の皆様にむしろ信頼されない、そういう局面を迎えつつあると思います」
「党としての数字は(明言するのは)難しい。私個人が(有権者の気持を)勝手に忖度すれば、恐らく20%まで上げてよいとは思ってもらえない。一方で、現状は一桁で回っていく状況ではない。二桁の、20に至らない数字が現実的だろうなと思います」
「財政を黒字化するために、歳入に手を入れなければなりませんので、消費税が今度の総選挙で、まさしく課題になると思います」
折しも、2月14日、菅直人財務相が消費税率引き上げを含む抜本的税制改正について、3月にも議論を開始する旨、明らかにした。鳩山由紀夫首相は今後4年間の消費税据え置きを明言してきたが、危機的な財政状況を考えれば、税率は上げる方向に進まざるを得ないということだ。その上げ幅の論議が次回選挙の争点になると、大塚氏は述べたのだ。
竹中、大塚両氏の発言は、2月12日、シンクタンク「国家基本問題研究所」主催の月例研究会「民主党の経済政策で日本は生き残れるか」でのものだ。セミナーでの争点は、子ども手当に代表される「分配政策」に加えて、民主党に経済全体を成長させる「成長戦略」はあるのかという点に絞られた。どこまで「大きな政府」を作るのか、財源はどう手当てするのか、民主党よ、答えてほしいという空気が会場に満ちていた。
絶対に持たない政策
子ども手当、農家への戸別補償、母子手当、父子手当、高速道路の無料化などのバラ撒き政策のすべてに関して、誰の責任でどう実施するのか、その結果、日本と日本人の在り方はどう変わるのかを考えなければならない局面に、私たちは立たされている。民主党の大きく優しい政府の実現には、税制も税率も変えてより重い負担を国民に課す必要がある。手厚い行政を賄うための国民負担に言及しないできたこれまでの鳩山政権は無責任なのである。
竹中氏は自助自立の重要性をまず強調し、麻生太郎氏と鳩山氏の政策はマクロ経済において酷似していると指摘した。
「政権交代で変わったのはおカネを出す先です。民主党になって、業界団体や土建屋さんから、農家や家計に出す先が移った。困れば政府が助けてあげますということです」
結果、財政赤字の拡大がとまらず、経済成長が見込めないどころか、いまのままいくと、民主党の政策は絶対に持たないと竹中氏は断言する。政策の転換を迫られるか、大転換の前に市場が破綻してトリプル安のような大きな問題が起きるというのだ。
大塚氏は、自助自立の重要性に同意しつつも、自民党政治では、育つ産業も育たなかったとして医療を例にとった。
「経済の原点は需要と供給です。新しい需要が生まれれば新しい企業や産業が育つ。現在の新需要の典型は医療で、政府の医療支出も確実に増えています。私の世代は、21世紀には世界中から日本に医療を受けにくる、日本はそれだけの医療先進国だと思っていたら、想像も出来ないことがいま起きている。日本に来るのでなく、逆に、外国に医療を受けに行く時代になった」
その原因は、たとえば、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)だという。新薬や新技術の導入に関して規制が強すぎ、許可が下りるまでに時間がかかり、結果、立ち遅れの原因となっている。つまり、従来の政治は十分な規制緩和をしていないではないかというのだ。
そのとおりだ。ただ、民主党の矛盾は自助自立や規制緩和の重要性を言いながら、他方で、たとえば医療について言えば、新たな独法である地域医療機能推進機構を作る姿勢を示すなど、規制強化につながる動きもみせていることだ。国民がいま注視するJAL救済策も自助自立に反するではないか。
大塚氏は自民党時代を「失われた20年」として振りかえり、政府が世界の金融、経済情勢の変化に対処しきれなかったとも指摘した。経済を支えてきた為替、護送船団方式と間接金融資本主義、企業の資本力を支えた含み経営がもはや成り立たなくなったにも拘らず、自民党政府はそうした環境の大変化に対応出来なかったというのだ。
民主党の柔軟さを…
確かにそうした面もある。小泉政権当時の竹中氏の論は非常にわかり易く説得力があった。しかし、氏と小泉首相の5年余は、国民に幸せをもたらし、真の経済成長を生んだのかとの疑問も残る。竹中氏が語った。
「失われた20年ではありません。失われた12年と、下げ止まった5年、最も失われた3年です。経済も確かに成長しました。90年代は10年間で130兆円、GDPの26%も予算を公共事業に積み増して、年1%しか成長出来なかった。小泉内閣の5年半は公共事業を減らしながら2・2%成長し、内70%が内需でした。その間に株価は80%上がり、失業者は100万人減りました。格差拡大というけれど、小泉内閣のときは所得配分の不平等を示すジニ係数は上げ止まった。格差は拡大していないのです」
数字は氏の主張を裏打ちしている。それでも小泉・竹中政策に影を見出す人々が少なくないのは、どこまで自助自立を自身の価値観として身につけているかの問題でもあろう。
竹中氏は、民主党の成長戦略そのものが間違っていると指摘する。
「今後10年間で年率2%の成長と民主党は言います。ここから名目成長分を引けば、実際の成長は、年1・3%です。これは先程指摘した失われた10年の成長率と同じで、低成長戦略でしかありません」
竹中氏はまた、民主党の来年度予算は「オーバーキル(過剰な景気引き締め予算)」だと懸念する。
「今年度の最終的な赤字国債は53兆円。民主党の来年度予算の赤字国債は44兆円です。一気に9兆円、GDPを1・8%下げる計算です。下げてよいのは精々0・5%程度、これは急激すぎる。下げすぎです」
こうした議論の末に、前述の内閣の路線変更策、消費税率上げの発言が飛び出した。民主党の経済政策への疑問や不安は払拭出来なかったが、救いは大塚氏の逃げない姿勢にあった。全体的に不利な状況で議論が進む中、氏の前向きに議論する姿勢こそ、民主党の柔軟さを象徴するものであってほしいと、私は願っている。