「 北朝鮮による中国人拉致事件が多発 放置する中国政府の実態を直視せよ 」
『週刊ダイヤモンド』 2009年11月28日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 815
11月17日、東京文京区民センターで横田早紀江さんのお話を、救う会全国協議会常任副会長の西岡力氏とともに、じっくり聞く機会を得た。めぐみさんが拉致されて11月15日で満32年。子どもを奪われた空白の32年は、どれほど長く、つらい日々だったことだろう。
畳をかきむしって泣き叫び、隣家のお婆さまが気づかって見舞ってくださった日々。めぐみさんの拉致が判明してからは、寒い日も暑い日も、救出を訴え続ける日々。こうしたことをあらためて2時間にわたってうかがった。
「涙が枯れるといいますが、本当に涙が出てこなくなりました」
早紀江さんはそう言いながら日程表を見せてくださった。心底、驚いた。かなり忙しいと自分では考えている私よりも、なお、早紀江さんのほうが忙しいように思えた。私の日程は、取材して書く人間としては当然の結果だが、彼女はもともと家庭の人である。しかも、お年も七十代の半ばである。
拉致被害者の母というだけで身を粉にして訴え続けてきた。民主党政権ができたときも、政府、各党を回り、解決を頼んだ。早紀江さんは語る。
「こうしたことは本来、政府の役割です。政府のほうから、こういう措置を取りますという報告や説明が、家族になされるのが通常の国家ではないでしょうか」
早紀江さんの言葉が示すように、拉致問題解決への政治の動きは、家族が引っ張ってきた面が否めない。疲れた体に鞭打ちながら全国を巡り、夜、休むとき、時々、こう思うという。
「この苦しみはいつまで続くのか。こんな苦しい日々が人生なら、もう二度と、生まれてきたくない。そしてハッと気づくのです。私よりも、もっと深い苦しみや絶望の中に、めぐみも他のお子さん方も、ずっと、いるのだと」
思い直して決意する。翌朝目覚めて支度をして出かける。その決意を早紀江さんはこう語る。
「いつどこで倒れて死んでも、悔いのないように、命ある限り、拉致の解決を訴え続けます」
金正日政権との交渉が、非常に困難なものであることは確かだ。国際的な包囲網なしには難しいことも明らかだ。その際忘れてならないのは、中国の果たしている役割である。
中国はずっと、北朝鮮を経済的、軍事的に支えてきた。金正日政権が今も存続しえているのは、一にも二にも、中国が水面下で支えてきたからだ。
だが、中国の仕業はそれだけではないことが、早紀江さんの会での話で判明した。中国は長年、北朝鮮の拉致の片棒を事実上担ってきたというのだ。これは西岡氏が脱北者の姜哲煥(カン・チョルファン)氏の記事を紹介するかたちで語った。姜氏は、生きて出る人は稀といわれる政治犯収容所の地獄から生還し、中朝国境の鴨緑江を渡り、中国経由で韓国に逃れ、今新聞記者として活躍する人物だ。
その姜氏が、脱北者を支援してきた中国の朝鮮族多数が、北朝鮮に拉致され続けていると、11月17日付の「朝鮮日報」で報じたのだ。中国公安当局は拉致被害者は200人に上ると考えているとも報じられている。
北朝鮮保衛部は、脱北者が急増した1990年代後半から、北朝鮮住民の脱北を支援する中国の朝鮮族に標的を定めて拉致を開始したという。北朝鮮は問題外だが、もっと深刻なのが、中国政府による拉致被害者の返還要求や抗議がほとんどないことだ。朝鮮族であっても、中国籍の中国国民であるにもかかわらず、中国政府はこの一連の拉致事件を事実上、放置し、北朝鮮の蛮行を見逃し、結果として拉致の片棒を担いでいるのである。
日本人の拉致解決を阻む大きな要因に、こうした中国政府の姿勢があることを認識しなければならない。拉致解決は、北朝鮮一国が相手ではない。真の相手は中国だということだ。