「 『引き算が出来ない』高校生を作った『義務教育』を再建せよ! 」
『週刊新潮』 2009年11月26日号
日本ルネッサンス[拡大版] 第388回
「 教育崩壊 」 (前編)
民主党政権の下で、教育の逆行が心配されている。不適格教員を排除する目的で設けられた教員免許更新制の撤廃や、全員参加の学力テストの廃止など、日教組の主張が政策として掲げられていることが、民主党への疑念となって否応なく強調される。
民主党によって日本の教育はどう変わるのか。まず、日教組教育の現実を見てみる。日教組の組織率は年々低下傾向にあり、08年10月1日時点で、公立学校の教師の加入率は28・1%である。全国約100万人の教師のうち、約28万人が日教組系教師である。
日教組の組織率が飛び抜けて高い県が幾つかあり、そのひとつが大分県だ。県南部の小学校に子供を通わせる母親が匿名で訴えた。匿名を条件にするのは、自身の発言で子供に影響が出ることを恐れるからだ。
「大分県では6月23日(沖縄決戦終結)、8月6日(広島への原爆投下)、12月8日(太平洋戦争開戦)、2月11日(建国記念日)などに合わせて平和教育が行われます。8月6日は夏休みですが、毎年登校日にするほどの熱心さです。
ある日、小学生の子供が小泉(元)首相はダメな人間なのかと聞いてきました。子供がなぜ、そんなことを言うのか。平和教育で先生が次のように教えたと知ってびっくりしました。私たちのおじいさんは戦争で沢山の人を殺した、にもかかわらず、小泉首相はそのおじいさんたちを祀る靖国参拝を強行した、日米関係強化といって米国に迎合した、弱者を切り捨てた、ひどい政治家だった、と。
先生は子供たちに配ったプリントを平和授業のおわりに回収したそうです。親に見られれば問題になるとわかっているのでしょう」
母親は4人の子供を育てている。上の子供の通う中学校の教頭はこう言った。
「学校は子供たちに生きる力を教える所です。勉強したい人は塾に行って下さい」
母親が語る。
「教頭先生は通塾率の高さを自慢気に話していましたが、本気でしょうか。学校は勉強も教える所でしょうに。学校の先生方の多くが日教組に入っていて、教育には熱心でなくても、選挙活動には熱心です。生徒名簿に基づいて家庭に電話をかけてきます。夫は自民党の支持者ですが、そのことを知らなかったのか、何年間も民主党や社民党をお願いしますという電話が先生からかかってきました」
大分市内の高校教諭も匿名で語った。
「高校に進学してくる子供たちの学力、精神が驚くほど未成熟です。小・中学校で当然身につけているべき基礎学力が全くない。追試や補習だと言うと、小中時代に経験がないからでしょうか、補習という言葉の意味もわからない。基本的な四則計算が出来ず、高校生なのに『4引く9』がわからない子がいました。基礎の基礎がないため、学力の積み上げようがない。そこまで放置されてきた子供たちが本当に可哀相です」
この高校では「男女の違い」を意識する生徒が少ないとも、この教諭は嘆く。
「更衣室があるのですが、女子は男子の目の前なのに、教室で着替えます。手慣れたもので下着が見えないようにサササと上手いのです。それでも私は叱りました。ちゃんと更衣室で着替えなさいと。すると、『別に、見てもいいよ~』と。恥じらいというものが全くなくなっています」
大分県の子供たちの、学力も常識も身につけ得ない背景に、日教組教育があると、親たちも教師も言う。なぜ、教師は子供を健全に賢く育てるという使命から外れて、反日的で非常識な教育をするのか。なぜ、そんな日教組にとどまるのか。
このことについて、山梨県の教師が分析した。この教師も残念ながら匿名でしか語れないと言う。
周知のように山梨県も日教組の組織率は高い。民主党の実力者、党参議院議員会長の輿石東氏は山梨県教職員組合の委員長だった。
さて、右の教師は1988年から98年までの間にどれだけの山教組幹部が県の教育委員会の管理職に昇進したかを克明に調査した。結果、次のような驚くべき実態が浮き彫りになった。
山教組の委員長、書記長、支部幹部などを歴任した教職員は138名。内、県教育委員会の管理職試験受験資格相当年齢に未達の13名を除いた125名を基準に、その後の昇進の有無を調べたところ、125人中36人(28・8%)が教師から県教委の何らかの役職に登用された。47人(37・6%)が校長に、30人(24・0%)が教頭に登用された。およそ10年間に、山教組幹部の90・4%が、山梨県教育委員会や各学校の管理職のポストに就任していたのだ。
つまり、教師たちは組合に入って熱心に活動すれば、いつかは教頭、校長になれるのだ。たとえ組合員でも幹部になるのは数パーセントだ。組合に余程尽した者だけが出世出来るわけで、日教組に入ったからには、組合と一体化し、忠誠を尽すことが自身の昇進を意味するのである。子供の学力や成長を願っての指導が、出世を優先する余り疎かになってきたと言えるだろう。
民主党の教育政策
民主党は日教組に蝕まれたこの教育を立て直せるか。いま、同党の教育政策を担う中心人物の一人が鈴木寛参議院議員である。氏は選挙の度に教育再生を最大の公約として訴えてきた。民主党が06年に提出した教育基本法改正案を、氏は西岡武夫氏らとともに作成したが、その内容は、自公両党案に較べて引けをとらない立派なものだった。自民党が踏み込めなかった「宗教的感性の涵養及び宗教に関する寛容の態度を養う」ことや「日本を愛する心を涵養し、祖先を敬い、子孫に想いをいた」すことが盛り込まれており、むしろ、自民党案よりも優れていた。鈴木氏は文部科学副大臣として、悪名高い山梨県教組委員長だった輿石氏ら、日教組勢力を撥ね返すことは出来るのか。
鈴木氏が語る。
「批判はよく知っています。しかし、いま、教育政策に関わっているのは、川端達夫大臣をトップに、私たち副大臣、政務官らです。民主党の教育政策の根本はわが党の教育基本法案です。であれば、世間で言われているような日教組主導の教育になるはずがありません」
たしかに、大臣以下副大臣、政務官5人の中に、日教組出身者はいない。また、民主党所属の衆議院議員の中にも日教組出身議員はいなくなった。日教組出身の議員は、参議院に残るだけで、輿石東、水岡俊一、神本美恵子、那谷屋正義、佐藤泰介の5氏である。
鈴木氏は、民主党は党として教育基本法案をまとめたのであり、輿石氏らからも介入はないと断言する。
では、鈴木氏らが描く日本の教育の未来像はどんな内容なのか。民主党政権がとりあえず4年間続くとの前提で氏は語る。
「まず、学費負担を軽減します。次の通常国会で、生まれてから社会に出るまでにどんな経済状況にある人にも教育の機会を与え、意思と能力のある人材がきちんと勉強して、活躍出来るようにしたい。その次の段階で教育力向上、つまり、教員の質の向上を実現したい。実は、本当に大変なのが、この第2段階です」
たった2 週間の教育実習
氏は、自民党が始めた10年毎の教員資格の再審査、教員免許更新制の「改正」に加え、教員の質の向上を促すために教職大学院の活用を挙げた。
教員の質は2つの面から考える必要がある。大分県の事例に見られるような反日教育やジェンダーフリー教育の日教組的思考をどう修正していくかというのが第1点、もうひとつは、教科を教える力があるかどうかである。
第1点については、07年以降、団塊の世代の退職で教員の新規採用が大幅に増えている。団塊の世代はリベラルな傾向が強く、彼らの引退は教員の質を変える好機だと、鈴木氏らはとらえている。
第2点の教員の質向上のための教職大学院だが、これは07年に創設された。法曹養成が目的の法科大学院をはじめとする、会計、公共政策などさまざまな分野の高度専門職業人を養成する専門職大学院の一つである。教職大学院は中山成元文科相が提唱して、実際、08年4月に、東京学芸大、京都教育大など二十余の大学に開設された。
鈴木氏が抱負を語る。
「いま、毎年10万人以上が教員免許を取得しています。その資格は、どの学部を出ても2週間程度の教育実習で取得出来ます。2週間でとれるから一応とっておこうと考える人も少なくない。事実、免許を取得する10万人の内、採用されて教師になるのは2万5,000人です。彼らを教育実習生として受け入れる学校も迷惑です。多少、生徒の顔と名前が一致するようになったら、実習生たちはいなくなる。おまけに、この新人が果たして教壇に立つのかどうかもわからないのですから」
それにしてもたった2週間の教育実習で、子供の心や体の状態を読みとり、子供に興味をもたせ、やる気にさせるような教育実践力を身につけられるのか。人間を育てるという大事な仕事を引き受けるだけの能力はそんなに簡単に身につくのか。昨年度、公立校で採用され、1年間の試用期間後に脱落した教師は315人、過去最多だった。
「ですから、形だけの教育実習ではダメなのです。世界トップの教育水準を誇るフィンランドの教育実習は250~400時間だと承知しています。日本でも昔の師範学校の先生方は素晴らしかったと言われますが、東京高等師範学校も実習時間が圧倒的に多かった。実習と、子供と触れ合う多くの時間を経て、ようやく、子供たちを指導出来る地平に立てる。だから、そのことを実現するために、教職大学院を活用します」
鈴木氏は熱心に続けた。新卒の教員の実力向上だけでは不十分で、すでに教員になっている人々の実力も向上させなければならないと。そのために専門免許状制度を創設したいと言う。
「教師が10年選手になる35歳前後で、専門免許状を取得してもらいます」
民主党はこの法案を11年までに成立させたい方針だ。専門免許状は経験を積んだ教師を学校経営、教科指導、生活進路指導の3つの専門コースに振り分ける。
「学校経営の専門免許がなければ校長、副校長、教頭には就任出来なくなります。教科指導に秀でた先生が必ずしも優れた学校経営者になるわけではありません。そこで学校全体の運営と経営を任せられるような専門性を身につけてもらいます」
一方、教科指導の専門免許をとれば、専門教師として高い責任と権限を与えられ、一般の教員免許の教師たちの指導に当たる。また小学校では担任のサポートとして入ることになる。新卒の教師らはこうした専門免許のベテラン教師に支援されつつ教えることになる。
生活進路指導の専門免許を目指す教諭には、臨床心理士並みに発達心理学や児童心理学を学んでもらい、苛めや登校拒否などの問題に対処してもらうという。
「すべてが拙速」
明星大学教授の高橋史朗氏が疑問を呈した。
「理想は大変結構です。が、教員免許更新制の見直しは拙速でしょう。私は、免許更新のための講習を行いましたが、各教諭は皆熱心に取り組んでいます。随分とコストをかけて準備をした制度を1年で廃止する朝令暮改では、何も学べず、何も生まれません。
全員参加の学力テストは07年に43年ぶりに復活したばかりです。全数調査だからこそ、教育が上手くいっていない学校を特定し、その理由を考えることが出来ます。民主党はそれをやめて、抽出制でやるといいます。それでは各校の実力はわかりません。学力テストが成功か失敗か。その判断には少なくとも5年は続けるべきです。世論調査で全国学力テストは支持されています。民主党は世論を受けとめるべきです」
高橋氏は、民主党が掲げる学校理事会の設置にも疑問を抱く。これは地域に開かれた学校(コミュニティ・スクール)で、地域・保護者代表、学校・行政代表等、10人程度で構成し、教育内容や学校人事など全般にわたって方針を示す制度である。自民党が定めた10年毎の教員免許更新制は先述のようにダメ教員のふるいおとしが目的と言われているが、鈴木氏は同制度を学校理事会に置き替えたいとする。不適格教師の追放に10年も待てないからだと言う。
「校長はいまでも不適格教師に研修をうけるよう指示出来るのですが、現実にはそれはなされていない。であれば、学校理事会を置いてそこに権限を与えればよいのです」
07年の学校教育法改正によって、08年度から校長の下に副校長、主幹教諭、指導教諭という職が置かれるようになった。結果、校長の権限も強化され、ようやく、校長が一般教員を指導出来る体制が出来た。高橋氏は、そこに新たな学校理事会を作れば、折角強化された校長の権限が再び弱体化するとの懸念を強調するのだ。
「すべてが拙速です。道徳教育の『こころのノート』の廃止も民主党は言っています。日教組は『こころのノート』に長く反対してきました。民主党の教育政策は日教組の望む方向への変革ではないでしょうか」
志を高く掲げる民主党だが、もはや野党ではないために言葉よりも実践してみせなければならない。挑戦は大きく、前途は多難だ。
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