「 鳩山外交の陥穽、東アジア共同体 」
『週刊新潮』 2009年10月22日号
日本ルネッサンス 第383回
鳩山由紀夫首相は実態不明の友愛精神で東アジア共同体構想を持ち上げた。東南アジアから賛否の声が起きている。
共同体構想は元々、中国が米国のアジアにおける存在を薄め、あわよくばアジアから排除することを狙って、日中韓+ASEAN諸国で構成するものとして提唱した。
中国は、米国さえ後ろについていなければ、日本を中国の支配下に屈服させることは容易だと考えた。日本をも含む共同体を創り、中国主導体制を確立すれば、中国はアジアの盟主となり得る。
中国の目論見に自民党政権は迷走したが、兎にも角にも、共同体にインド、豪州、ニュージーランドを招き入れることに成功した。こうして、共同体における中国の存在を相対的に低下させ、アジアの盟主たらんとした中国の意図を打ち砕いた。以来、中国は共同体構想に言及しなくなった。こうした来歴の共同体を、鳩山首相が再提唱しているわけだ。
鳩山案に賛意を表明したのはマレーシア元首相のマハティール氏(83)だ。『読売』が10月7日朝刊で報じた記事で氏は、欧州連合(EU)や北米自由貿易協定(NAFTA)と、アジア諸国が個別に交渉するのは「非常に不利だ」として、東アジア共同体が必要だと述べている。
氏は、豪、ニュージーランドは「欧米志向の国家」であり、その参加を以て「中国の影響力を薄め」る努力はアジアの利益にならないとして日本案を批判する。氏の主張は中国政府の主張と完全に一致するものだが、これがマレーシア政府にどれだけ影響を及ぼすのかは定かではない。
一方、反対を表明したのは10月5日に訪日したシンガポールのリー・シェンロン首相である。リー首相は、鳩山首相の共同体構想に対して「アジア太平洋地域には、APEC、EAS(東アジア首脳会議)、ASEAN+3(日中韓)など複数の地域協力がある」と述べ、共同体構想は屋上屋を架すものだとの考えを示した。
無防備に「友好の海」
また、「開かれた地域協力の推進と、域外の世界との連携」が必要で「地域の全般的バランス上、米国の関与が重要だ」と述べ、アジアからの米国締め出しを意図する中国と、鳩山案への反対を表明した。
共同体構想への賛否を超えて、マレーシア、シンガポール両国が、日本の憲法改正や軍事力の充実を是認していることを、私たちは知っておくべきだろう。
周知のように、マハティール氏は80年代には、第二次大戦時代の日本を批判した。だが、95年に村山談話が出され、日本が尚も謝罪を続けようとすると、「まだ謝罪を続けるのか。日本は未来を見詰めるべきだ」と述べ、日本の自虐思想を戒めた。歴史を反省するあまり、自国の防衛も十分に出来ない自縛状態から抜け出すべきだというのだ。
一方、リー首相の父で、元首相のリー・クアンユー氏も、かつて、日本の軍国主義を厳しく批判した。しかし、いまや氏は、日本の憲法改正も軍事力の充実も当然であると語る。
東南アジア諸国はいずれも中国の脅威を実感させられている。摩擦を避け、友好関係を維持しながらも、中国の軍事力の一方的な強大化を恐れ、日米両国が中国への抑制力となることを期待している。
その観点から、かつて日本を厳しく非難したマハティール氏やリー・クアンユー氏でさえ、日本の憲法改正、集団的自衛権の行使を是とし、アジアに対する米国のコミットメントを求めているのが現実だ。
だが、鳩山政権は、中国の脅威の意味するところや、アジア諸国の真意をほとんど理解していない。結果、中国に対して信じ難いほどに無防備だ。東シナ海のガス田で一方的に開発を進める中国に抗議することもなく、東シナ海を「友好の海」にしようと持ちかける。中国が台湾や日本を狙う短距離ミサイルの配備を毎年100基ずつ増やしているにもかかわらず、非核三原則の法制化に言及する。岡田克也外相は「米国と対等の関係」を標榜し、鳩山首相も米国と距離を置き、中国への接近姿勢を示す。日米同盟の証であるインド洋での給油給水活動を単純に延長しないとして撤退方針をほのめかす。
こうした日本の姿を、米国政府は冷徹に眺め、米国の国益に資するのは日中どちらの国かを分析してきた。日本が国家の基本である外交力と軍事力の充実から目を逸らし、強大化する中国の核の前で非核三原則の堅持を叫ぶ間に、米国はアジア戦略を大きく変えてきた。国際政治研究の第一人者、田久保忠衛氏が語る。
「米国防大学の国家戦略研究所(INSS)が07年4月に出した特別報告書の内容に驚くべきことが書かれています。一言でいえば、米国の日中両国に対する立場は厳正中立だということです。特別報告の冒頭には、『北東アジアの安全、繁栄、自由を促進するための地域的な協力強化の基盤として、米国は中国および日本とそれぞれの健全な2国間関係を求める』と書かれています。日米同盟とともに、良好な米中関係を維持するというのが、米国の方針です」
米中vs日本
中国との「健全な」関係を望むということは、米国が中国を敵又は脅威と見做すことをやめたということだ。だからこそ米国は日中双方に「厳正な中立」で臨み、両者を比較するのだ。
米国の国益が、日米同盟重視よりも米中関係重視によって増進されると判断すれば、米国はためらうことなく外交方針を転換するだろう。鳩山民主党政権が米国から距離を置くまでもなく、米国のほうが日本から距離を置くことは十分にありうるのである。
田久保氏が歴史を振りかえる。
「日露戦争のとき、国際社会は日英米vsロシアの形で対立しました。米国は、日露戦争に勝った日本を警戒し始め、1921年のワシントン海軍軍縮会議では、米英中vs日本の対立の構図が作られました。しかし当時、米国をはじめとする国々は、日本に友好的な明るい微笑を以て接し、日本を孤立に追いやる米英中の意図に、日本は気付きもしませんでした。いま、21世紀のアジアにおける国際秩序の構図が大きく変わりつつあるのですが、鳩山内閣はまったくそのことに気付いてはいないと思います」
米中接近の谷間に沈みかねない状況下で、友愛外交を唱え、非核三原則堅持を主張する鳩山首相の姿を最も好ましく見詰めているのは中国だ。
米国の若手日本研究者でアメリカン・エンタープライズ研究所のマイケル・オースリン氏は「日本は台頭する中国によって削り取られていくだろう」と書いた(『フォーリン・ポリシー』誌09年4月号)。
高い支持を得ている鳩山政権だが、私は、鳩山政権下の日本の将来に限りない不安を抱く。
東アジア共同体 〜日本は受益者になりえるのか〜…
■曖昧な定義と位置付け東アジア共同体(EAS)を考える上で、「東アジア」の範囲にはいったいどこまでが含まれるのかという問題がある。地理的な結びつきで範囲を決めるのか、それとも機能的な結びつきを重視するのか。定義の参考となるモデルはいくつか存在する。例えば、…….
トラックバック by 尽忠報国記 — 2009年10月27日 07:10
アジアの国々は『鳩山友愛外交』を歓迎などしていない…
櫻井よしこさんのブログ「櫻井よしこブログ」より転載.。
「 鳩山外交の陥穽、東アジア共同体 」
2009年10月22日
『週刊新潮』 2009年10……
トラックバック by 木もれ陽散歩道 — 2009年10月29日 14:16
[…] http://yoshiko-sakurai.jp/index.php/2009/10/22/%E3%80%8C%E3%80%80%E9%B3%A9%E5%B1%B1%E5%A4%96%E4%BA%A… […]
ピンバック by 「きちんと責任取れるのか」=米大統領、日本首相を恫喝-普天間基地移設問題 « えろっついCG画像館 — 2010年04月16日 05:11