「 『道路独裁』が問う道路改革の真実 」
『週刊新潮』 2009年10月15日号
日本ルネッサンス 第382回
久し振りに読みごたえのある本に出会った。「朝日新聞」経済グループの記者、星野眞三雄(まさお)氏の『道路独裁 官僚支配はどこまで続くか』(講談社)である。
氏は6年前に断行された小泉政権の「道路改革」を取材した記者である。なぜ、いま、6年前の道路改革を取り上げるのか。理由は簡単だ。道路民営化が偽物だったからだ。偽りの改革から出発した民営会社の下で、整備計画に入っていた9,342キロの全ての道路が採算が合わないとわかっていても作られることになった。一応の歯止めだった9,342キロを超えて、1万1,520キロの予定路線の一部までもが整備計画に入れられ、建設されることになった。ツケは全て未来世代に回されるのだ。
星野氏はこう書いている。「『小泉改革』の失敗が、自民党の『終わりの始まり』であったとしても、これを日本の『終わりの始まり』にしてはならない」と。だからこそ、道路改革はなぜ失敗したのかを、当時の取材をもとに分析したと。
氏の取材の深さと幅広さは見事である。6年の歳月を経たにも拘らず、民営化推進委員会を舞台として展開された一連の攻防が、未だ薄れぬ生々しさを伴って蘇ってくる。取材メモを基に氏は当事者らの言葉と息遣いを再現する。改革を推進したはずの民営化推進委員会で、どんな小説もかなわないどんでん返しが行われ、改革への期待が潰されていく。予想を超えるそうした事態を、氏は冷静な筆致で描いた。
道路の民営化は、小泉純一郎首相が、或いは民営化推進委員だった猪瀬直樹氏が、どう強弁しようと、失敗したのである。彼らは決して認めないが、失敗は、その後の道路に関わる政策からも明らかだ。
たとえば、麻生太郎首相は新総合経済対策の一環として高速道路料金を一定条件の下で上限1,000円に値下げした。だが、旧公団から生まれた高速道路6社は民営会社、つまり普通の企業であるはずだ。であれば、政府の指示だからといって料金の一律値下げをスンナリ、受け容れるものか。道路会社の経営の基本である料金設定を政治的に下げさせられることについて、まともな経営者なら強く抵抗するのが普通である。にもかかわらず、高速道路各社は政府の決定に唯々諾々と従った。
得をしたのは天下り官僚
星野氏は「1,000円料金制度」を支えるのに2年間で5,000億円の税負担が必要なこと、さらに07年12月の政府決定で、道路特定財源から10年間で2・5兆円が高速道路料金値下げのために出費されることを指摘し、このことは、お年寄りから子供まで国民全員に1人2万4,000円の負担になると説明する。1,000円料金制を成り立たせるために、家族4人なら、10万円近い負担をしなければならないということだ。
一方、1,000円料金の恩恵を受けるのは、ETC搭載の普通車で休日に高速道路を走るという4条件を満たした人々に限定される。車のない人、高速道路を使わない人、ETCを搭載していない人は勿論、生活関連物資や人を運ぶ、トラックもバスも、その恩恵には浴さない。つまり「大部分の人が『損する側』に属している」のがこの制度だ。
それだけではない。星野氏は、同制度の恩恵を受けるのは、実は国民ではなく、国交省所管の財団法人・道路システム高度化推進機構(ORSE)だと喝破する。得をしたのは天下り官僚なのだ。
以下がそのからくりである。ETCを利用するには、料金所のアンテナと交信する車載器を車につけ、通行料金を引き落とすために専用クレジットカード(ETCカード)を作らなければならない。国交省は補助金を奮発してETCの普及に努めた。国民はETC車載器の購入に列をなした。そしてETC車載器がひとつ製造される度に、メーカーからORSEに94・5円が支払われ、ETCカードが一枚発行される度に、カード会社からも94・5円が支払われる。ETCが普及すればORSEが潤う仕組であり、ORSEには専務理事、常務理事を含む常勤非常勤合わせて5人の官僚が天下っている。
道路会社は会社として独自の経営をすることも許されず、天下り組織を支えるような経営を強いられ、民間会社とは無縁の官僚支配が続いているのだ。
なぜそうなるのか。民営化後の枠組みが上下分離の形態にされたからだ。旧公団は6つの高速道路会社になり、その下に独立行政法人としての日本高速道路保有・債務返済機構(以下機構)が作られた。両者はかつてのファミリー企業と公団にたとえられるだろう。
機構は、各道路会社の資産のほぼ全てを保有し、債務の全てを引き受ける。道路を道路各社にリースし、リース料で40兆円の借金を返済する。機構は前述のように独立行政法人で、事実上、国の機関だ。つまり、各道路会社の借金も経営責任も最終的に、国が引き受けているのだ。
一方、道路各社は殆ど資産もない代わりに借金も責任もない。ただ高速料金を徴収し、その中からリース料や維持管理費、人件費を支払う。会社として「利益をあげてはならない」と定められているために、経営努力をするインセンティブもない。新たな道路の建設は各社の判断で行われ、資金調達も各社の責任で行うとされた。しかし、各社が作る道路は完成時点で、道路建設にかかった費用、つまり借金も一緒に、機構が引き受ける。どんな不採算道路を建設しても、会社は責任をとらなくてよいのである。
こうしてみると機構はかつての特殊法人であり、会社は特殊法人に寄生したファミリー企業そのものだ。
「自分以外はみんなバカ」
こんな上下分離の会社組織を作って、これが民営化だと、国民を騙したのが、小泉首相の民営化だった。
張本人は、なんといっても小泉元首相であり、首相を持ち上げ、国民を騙す側に立った猪瀬氏でもある。『道路独裁』には、小泉首相や猪瀬氏らについての詳しい記述が、独立した章を設けて盛り込まれている。どれだけ両氏が無責任で、自分の都合しか考えていなかったかが伝わってくる。とりわけ、猪瀬氏は「自分以外はみんなバカ」と見做して、罵詈雑言を言っていた。そのくだりは衝撃的でさえある。
罵詈雑言の対象の1人は石原伸晃氏なのだが、猪瀬氏は伸晃氏の推薦を得て都副知事に就任したといわれる。口汚く批判した人物の推薦を得て、権力の座を手に入れたとすれば、なんと性根の汚い人物かと言わざるを得まい。
星野氏の狙いは、しかし、こうした個々の人物批判ではない。改革の名の下に行われた「壮大な詐欺」の実態を知ることで、日本に真の改革をもたらしたいとの想いが『道路独裁』から伝わってくる。
246号線大橋~について…
今回はちょっと風変わりに、よく通る246号線
大橋交差点~神泉町交差点のあたりをアルバム型
っていうかスライドショーで書いてみた。…
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