「 新型インフルエンザ危機を日本の国際貢献チャンスに転換 」
『週刊ダイヤモンド』 2009年5月30日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 790
5月16日に国内初の新型インフルエンザウイルスの感染症例が見つかった。以降、わずか3日で大阪、兵庫両県の感染者数は193人に上った。大阪市と神戸市だけでも、感染者との濃厚接触者は2,900人に上る。
公共の輸送手段の発達と人口密度などから、日本における感染の広がりは、米国などと比較しても“いっそう激しい”と予想されており、これから、日本全国で感染者が急増するのは避けられないだろう。
非常に強い感染力を持つウイルスへの対抗策として各国はワクチン確保に躍起だが、どの国も生産能力の不足に直面している。WHO(世界保健機関)は世界の製薬企業首脳を集めて、発展途上国向けに予防用ワクチンの寄付や備蓄、廉価販売などを要請した。先進国でもワクチンは不足しており、発展途上国はなおさらである。
考えてみれば、この危機は、日本が最も日本らしいかたちで国際社会に貢献し、なおかつ、ことさらに軍事力を誇示して脅威を振りまく隣国中国との違いを際立たせる好機である。日本のワクチン製造体制を整え、発展途上国、とりわけアジア諸国のために、彼らが必要とする医療支援に積極的に踏み出す、今が、好機である。
世界に蔓延しつつある新型インフルエンザは、当初の予想よりは致死率が低かった。しかし、ウイルスは速いスピードで変化し、また、いつ、強毒性の鳥インフルエンザウイルスと交雑しないとも限らない。今回のウイルスよりも強毒のウイルスがいつ現れてもおかしくない現在の地球社会で、発展途上国の人びと、とりわけアジア諸国の人びとを守ることは、日本国民を守ることと同義であるのみならず、アジアの大国としての日本に半ば以上責務として期待されていることでもある。
そこで、感染症の専門家、高橋央(ひろし)氏や国立成育医療センター臨床研究開発部部長の千葉敏雄教授らが提唱するアジアワクチンセンター構想を考えてみてはどうか。アジア諸国への支援を、日本が得意とする先進医療分野で突出させ、日本外交の太い柱に育てていくのだ。
ちなみに高橋氏は、かつてCDC(米国疾病予防センター)に属し、SARS発生のときにはWHOのコンサルタントとして、SARS封じ込めで活躍した専門家である。氏が語った。
「日本のメーカーが開発したワクチンは、厳しい薬事法にのっとった手続きと、これまた厳しい生物製剤基準で製造されているために、品質および安全性で信頼に値します。そうしたワクチンをアジア諸国に提供できれば、非常に喜ばれ感謝されます」
日本のワクチン製造の弱点は、メーカーがいずれも小規模で、国内基準が煩雑かつ厳しいために、他国の製品に比べて高価なことだ。だからこそ、ここに、外交戦略として、資金と人材を投入すればよい。アジア支援を大命題としてワクチンセンターをつくり、彼らの協力も得られる体制をつくり上げていくのがよい。
たとえば、インドネシアでは現在も鳥インフルエンザの人間への感染が続いているのだが、先進国との医療提携に拒否感がある。先進国は患者から分離されるウイルスだけを欲しがり、今被害を受けているインドネシアのためにはなにもしてくれないと考えるのだ。そうではなくて、日本はそのウイルスをもとにワクチンを製造し、長期的な支援を提供していけばよい。そのようなことこそ、日本は得意なはずだ。
「21世紀に入って、ワクチンによる疾病予防は感染症だけでなく、ガンやアレルギーなどにも有効だとわかってきました。つまり、幹細胞ガンも子宮頸ガンもワクチンで予防出来るのです」と高橋氏。
アジアワクチンセンターで日本はアジアの人々に喜ばれ、同時に日本国民も救われると思うが、どうか。