「迫る新型ウイルスの“大災害” 遅過ぎる日本政府の対策準備」
『週刊ダイヤモンド』 2009年1月24日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 773
インフルエンザ治療薬、タミフルが効かない耐性ウイルスが急増している。米国で昨年秋に実施した50試料対象の調査では、じつに98%が耐性ウイルスだったという(「読売新聞」1月13日付夕刊)。
日本はすでに2,800万人分のタミフルを備蓄ずみだが、ウイルスの素早い変化(ドリフト)への対応に失敗すれば多くの犠牲者が出るのは避けられない。国立感染症研究所は日本での耐性ウイルス出現率は、昨年冬時点で2.8%と低かったと指摘する。だが、これが安心の材料になるわけではない。高速、大量輸送時代の今、米国で流行の兆しを見せる耐性ウイルスが世界中に広がるのに、長い時間がかかるわけではないからだ。
耐性ウイルスに加えて私たちが直面する危機は、強毒性の鳥インフルエンザウイルス、H5N1である。
これまでアジア各国で鳥から人への感染でH5N1型に感染した患者は400人弱、死亡率は63%。恐るべき致死率の高さである。現在、H5N1型ウイルスは鳥から人への感染段階にあるが、同ウイルスが人から人に感染するような大変身、シフトを遂げるのは確実だ。シフトした新型ウイルスが襲えば、人類が受ける被害は大規模戦争並みになるといわれている。
日本政府は、日本では64万人が死亡すると予測したが、専門家らは、この見通しは楽観的過ぎると警告する。取り組むべき課題はあまりに多いが、今重要なのは、未知のウイルスの脅威に打ち勝つために、一つひとつ手を打っていくということだ。
これまでの事例で、H5N1型ウイルスに感染した患者は、タミフルを早期に服用しなかった場合、全員が死亡したこと、15歳以下の子どもたちの死亡率は90%に迫ること、などが判明している。
タミフルが効かないインフルエンザウイルスが急増する一方で、鳥インフルエンザに罹患した患者には、タミフルは一定の効果をもたらしてきたことがわかる。であれば、タミフルの重要性には変わりがないのである。
こうした状況下で、日本の対応の尋常ならざる遅れは子どもを守る対策において顕著である。たとえば日本には小児用のタミフル(ドライシロップ)はまったく備蓄されていない。
感染症の専門家が語る。
「日本のリーダーたちは、新型ウイルスの大流行が起これば、次の世代を担う若者や子どもたちが本当にたくさん、死亡することの意味をもっと真剣に考えるべきです。国家の存亡にかかわる事態なのです。政府は高齢化社会が急速に到来することを人口学の専門家らから聞き、繰り返し、対策の必要性を指摘されながら、十分な対策を講ずることができず、現在に至っています。新型ウイルスは必ず人類を襲う、そのときの被害はこうです、と報告を受けながら、日本政府の動きは他の国々と比較して、最も遅れているのです」
専門家の多くは、政府の危機対応の姿勢に強い危惧を表明する。不足しているのは単に医薬品の備蓄にとどまらない。強毒性で夥しい死をもたらすウイルスにどのように対処するのか、その体制がほとんどできていないのだ。
新型ウイルスが大流行の段階に入ったとき、政府は基本的な対策を地方自治体に任せ、地方自治体は各病院に任せるというのが、現在の対策案の特徴である。だが、周知のように、新型ウイルス問題以前に、日本の医療は医療崩壊といわれるほど多くの問題を抱えている。そうした現状の下で、病院や地方自治体が新型ウイルスの脅威に対処するのは至難の業だ。
新型ウイルス問題は国民の健康危機管理を超えて、世界規模の大災害であるとの認識に立って、自衛隊の大いなる活用も含めて、国家の総力を結集しなければならない。それだけの危機意識を、政府に持ってほしい。