「日本無視、米中の壁に挑め」
『週刊新潮』’08年11月6日号
日本ルネッサンス 第336回
日々、国会の解散時期についての情報が新聞各紙で報じられる。けれど、激変する国際情勢を見れば、日本に現時点で総選挙を行うような余裕があるのだろうか。疑問である。
麻生太郎首相は今回の金融危機を〝100年に一度あるかないかの危機〟と言った。激変は金融だけではない。日本に大きな影響力を及ぼす米国が文字どおり、激変中である。いまは、日本が覚悟を固めて、幾重にも、手を打たなければならない時期なのだ。
来週には米国の新しい大統領が決まる。新政権誕生を前に、多くの重要な政策が提言されており、日本の置かれている立場が容易ならざるものであることを示している。
『フォーリン・アフェアーズ』の今年7・8月号には、フレッド・バーグステン氏が「対等のパートナーシップ」の題で寄稿、中国の重要性を強調した。
元財務次官補の氏は、現在ピーターソン国際経済研究所所長を務める。氏は、米中両国がG2(先進二ヵ国会議)を創るべきだと説く。そして、国際通貨基金(IMF)は自らのルールを各国に履行させることが出来ず活動規模を狭められた、世界銀行は明確なる方向性を欠いている、先進七ヵ国首脳会議はメンバー同士互いを非難しないというルールを作っておきながら中国を非難するのは偽善的などとして、既存の体制を批判し、こう書いた。
「二国間の狭小な問題に集中するより、米国は北京と真のパートナーシップを拓き、国際経済システムにおいて共同のリーダーシップを発揮していくべきである。その種のG2形成の道だけが、中国が国際経済大国としての新たな役割を果たし、正当な国際経済秩序を構築し、国際経済の方向づけを行うために、正しいことなのである」
バーグステン氏は、世界経済を共に管理するパートナーとして、米国は中国を優先的に扱うべきで、これによってEUの主導権が幾分奪われるのも仕方がないと書いている。
再び「ジャパン・パッシング」
氏はさらに、WTO加盟を巡って中国のWTO駐在大使が「現時点では、我々はあなた方のルールに従うしかないことを理解している。しかし、10年後には我々がルールを作る」と語ったのを引用しながら、現在の世界経済の枠組みは硬直化しており、変えなければならない、中国の協力を引き出すには、現路線を見直し、対決色を薄めるべきだと主張する。
有体にいえば、中国のやり方を基本的に受け入れよと言っているのだ。
この次の号の『フォーリン・アフェアーズ』には、リチャード・ホルブルック元米国連大使も論文を寄せた。氏は、クリントン氏のブレインでもあり、民主党政権が出来れば強い影響力を行使すると見られる。
大国の興亡が究極的には経済力に左右されるとの視点から、ホルブルック氏は、石油輸入国から産油国への巨額の富の移転に警告を発しつつ、対中協調を深めることは、地球温暖化への対処を効果的にし、「世界で最も重要な二国間関係に新たな協調の機会をもたらす」と歓迎する。
同じ号にポールソン財務長官が「戦略的経済対話」を寄稿した。現職の財務長官として、氏は、「中国が自らの利益をどのように捉えているかを把握し、米中の利益はかなりの部分重なり合うと中国側に認識させ、可能な限り米中の溝を埋めていくことがワシントンに課せられた仕事だ」と断じている。
さらに氏は、両国が2006年に「米中戦略経済対話」を開始して以来、頻繁に中国を訪問しているとしたうえで、「特に、敬意と友情を重視する中国人の場合、そうした高官レベルでの接触が大きな意味を持つ」と書いている。
外国要人のもてなしにおいて、中国は舌を巻くほど巧みである。もはや大金持も大邸宅も殆ど姿を消した日本とは異なり、思わず息を飲む大邸宅や庭園も、中国には残っている。凄まじい階層社会で、恵まれた者だけが楽しめる、豪華で贅を尽くしたもてなしは、歴史上でも、米国人の心を捕らえてきた。米国がこうした人脈を大きな要因として中国に傾き、日本を冷遇した過去の歴史を、つい、思い出すようなくだりだ。
そしてポールソン氏はこう結論づける。「歴史は、ワシントンと北京の首脳が共有する利益に導かれて団結するとき、米中関係はもっとも安定し、互恵的なものになることを我々に教えている」。
これらの人々は主として民主党系の人材であり、一連の発言はサブプライムローンに端を発する金融危機には触れていない。その限りではあるが、日本は全く論じられていない。中国しか出てこない。明らかに米国は、中国に魅せられ、中国しか見えなくなっていると言ってもよいだろう。かつてのクリントン時代によく使われたジャパン・パッシング(日本無視)の再現のようだ。
力を失うアメリカ
加えて、ライス国務長官も『フォーリン・アフェアーズ』に寄稿し、提案した。現在の六ヵ国協議を、東アジア平和安定メカニズムとして恒久的な安全保障体制に格上げしていこうというのだ。NATOのアジア版を作ろうと言っているわけだ。アジア版NATOが出来上がれば、日米安保条約は不要となる。日米関係は確実に稀薄になっていくのだ。
外交、安全保障の専門家、田久保忠衛氏は、そうした厳しい状況は5年から10年の間により明確な形をとり得るとしたうえで、だからこそ、
金融危機の影響がどこまで広がるか、その全体像の把握に努め、日本が力を発揮する局面を自ら作り出していくことが問われていると強調する。
「民主党副大統領候補のジョー・バイデン氏はすでに、海外への援助の削減を示唆しています。彼は外交の専門家ですから、オバマ政権が誕生すれば、影響力を発揮するでしょう。つまり、米国の対外援助は減少する。軍事費も同時に削減される。イラク、アフガンでの米国の活動規模は縮小されると考えてよいでしょう。このように内向きになった場合、米国は確実に力を失っていきます。
その一方で、問題国も力を落としていくでしょう。たとえば、ロシア、ベネズエラ、イランなどです。原油価格の低下で経済力が弱まり、力を失っていかざるを得ない。結果として世界政治のバランスが大転換する可能性があります。だからこそ、日本にとって、状況を好転させる余地があるのです」
日本には豊富な資金と優れた技術に加えて、よく働くことを是とする倫理観が残っている。こうした資質を大胆なる創造に向ければ、日本発で金融危機乗りこえの第一歩をつくることは出来るのだ。選挙よりも、日本が総力を挙げて、新しい国際経済と政治の形を制度設計してみるべきときではないか。
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トラックバック by 森羅万象を揃える便利屋(大東亜戦争の名著からフィギュアまで) — 2008年11月07日 18:05