「日本の評価を貶めた福田政権」
『週刊新潮』’08年9月11日号
日本ルネッサンス 第328回
9月1日夜、唐突に辞任会見を開いた福田康夫首相は、日本の国益上、最も不利な国際状況を作って去った。日本の命運の鍵を握る米中両国がいま、極めて重要な変化を遂げつつあるなかで、その変化の意味合いを理解せず、対応策もとらずに去った。
中国共産党は、党の生き残りをかけて、中国社会の変化と党政策のバランスをとろうと必死である。ネット人口2億人以上、携帯電話人口6億人以上のいま、゛中国の民意〟はともすれば中国共産党の指導を超え暴走しかねない。富める者はより富み、貧しい者はより深く貧困の沼に沈む絶対的な格差社会を産んだ歪んだ経済成長は、中国共産党政権に困難な課題を突きつける。
より公平な富の再分配を求める農民ら国民大多数の貧困層と、彼らを別人種の如く蔑視する沿海部の富裕層。大気汚染だけで年間30万人が死亡する環境汚染と国民の不安を宥めるのに必須の経済成長。国際社会の人民元切り上げの要求と安い人民元に支えられる輸出産業。
互いに対立し、両立しにくいこれらの問題が未解決のまま残れば、人々の不満が高じ、党批判となって暴発すると、中国政府は恐れている。
こうした中国の実態を見てとったか、米国は2005年、ゼーリック国務副長官が中国を責任ある利害共有者(ステークホルダー)と位置づけた。対立構造のなかで中国を追い込み、問題を深刻にするより、中国を民主主義や法治主義の゛われわれの側に〟招じ入れ、徹底的に関与させていく政策である。中国を仲間として遇していくことで、まさに米対中外交の一大転換点だった。この方向は、たとえ、共和党のマケイン候補が新大統領に就任しても、基本的に変わらないと見ておくべきだ。
座標軸の定まらない国
米国の対中政策は対ロシア政策と基本的に異なる。グルジアへの挑発に見られるようなプーチン首相の下での強硬路線に対して、米国防長官のゲーツ氏は「新たな冷戦」という言葉で警戒を表明した。グルジアへの侵攻は、ロシアの自信を示し、その自信を支える要素に米国に優る核戦力があると、米国は分析する。たとえば、米国は冷戦終結後の1991年から短距離弾道核を一方的に廃棄し始め、いまや、米国の保有数はゼロだ。短距離戦術核も500程に減らしたが、ロシアは5,000も保有する。こうしたことから、ゲーツ長官は新たな軍事力の構築が必要だと述べた。米国は、クリントン政権以来の親ロ宥和路線から、対ロシア軍事力強化策へと転じたのだ。
米ロ関係の緊張は、米中関係の緊張緩和や親密さと背中合わせである。対ロ外交の視点からも、米国は必ず対中関与政策を強めていくだろう。
そのとき、日本はどうなるか。市場規模と軍事力において、もはや中国を排除し、軽視することは出来ないと考える米国は、中国と日本のバランスをどう保つのか。歴史の教訓は米中関係の緊密さが日米関係のそれに優ったとき、日本は常に煮え湯を飲まされてきたという事実にある。
その種の事態を避けるために、日本は米国との協力関係を緊密に保ち続けなければならない。だが、福田氏が放棄した政権下で、日米関係は惨憺たる状況になっている。
氏の首相辞任の理由のひとつが、公明党が新テロ対策特別措置法の延長に反対したことだ。公明党はインド洋で海上自衛隊が行っているアフガニスタンにおけるテロとの戦いへの協力に消極的だ。米英仏パキスタンなどの艦船に水と油を補給する海自の活動を延長するための衆院での再議決に応じないという立場だ。福田首相は日米関係を考慮して、新テロ特措法の成立を望みながらも、公明党の支持を得られないことから、政権を手放した。
日本はすでに昨年11月から約3ヵ月間、インド洋での給油活動を停止した経緯がある。昨年、安倍晋三前首相が行き詰まり、政権を放棄したこの同じ問題について、衆議院で再可決を断行して復活させたのは福田首相だった。だが、今度はその福田首相が両手を上げてしまったのだ。
また、日本政府はイラクで活動中の航空自衛隊を年内に撤収する方針を固めている。中東に原油の9割以上を頼る日本がどの国よりもこの地域の安定を必要としているにも拘らず、このまま行けば、イラクでもアフガニスタンでも日本は撤収する。
これでは同盟国の米国にもアフガニスタンで協力し合ってきた他の諸国にも、信用されるはずがない。座標軸の定まらない日本の協力に頼っていては、いつ梯子を外されるかわからないと思われても仕方がない。
福田氏よりはまし
国家の決意という視点から見ても、日本国はもはや信頼出来ないと思うのは、普天間基地問題である。SACO(沖縄特別行動委員会)で普天間飛行場移転の最終報告が出たのは1996年だ。政府は、普天間飛行場の日本への返還と他地域への移転をセットで行うとの閣議決定を行った。政府の正式な意思決定からすでに12年だ。にも拘らず、未だに移転の目途さえ立っていない。決定しても実行出来ない国だとなれば、日本政府の決定を、日本国民も含めて一体誰が信ずるだろうか。
このような状況のなかで、日米中の関係が進んでいるのだ。福田首相が日米関係と日本の安全保障を重視するなら、政権放棄の前に、試すべきことがあったはずだ。たとえば、大連立を申し出るほどの気持があれば、小沢氏の拒絶で諦めるのでなく、氏の背後の情勢分析をなぜ行わないのか。新テロ特措法の延長に賛成の議員は民主党にも多い。なぜ彼らに呼びかけなかったのか。
この問題は、党派を越えた日本全体の問題だ。日米同盟を堅固ならしめ、日本の国益を守るために大同団結してほしいと、氏の政治生命をかけて呼びかける手があった。民主党には30名規模の新テロ特措法を支持する人々がいるはずだ。衆院公明党の31議席にほぼ匹敵する数が、民主党から賛成に回る、回ってもらう、もしくは回らせる可能性を、なぜ模索しなかったのかと思う。大連立という大逆転劇を考え、つまずいて、それであっさり終わるのか。それから先を考えないのか。それとも大連立そのものが、氏の発想ではなく、派閥やメディアの長老たちの振りつけにすぎなかったために、断られた先を考えるという発想さえも生まれなかったのか。
米国が日本に失望し、日米関係が緊密さを失うリスクを思えば、捨て身で取り組むべき場面だ。だが、その気配もなく、氏は逆に、中国を重視し、米国を重視しない姿勢を見せた。
氏にとって何事も他人ごとの印象がある。国益もそうか。すべて他人ごとかと問われて言った。
「私は自分自身を客観的に見ることができるんです。あなたとは違うんです」
次の自民党総裁は、誰になっても福田氏よりはましであろう。
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トラックバック by ecostock — 2008年09月13日 06:08