「脱北詩人の慟哭、北朝鮮の飢餓」
『週刊新潮』’08年6月26日号
日本ルネッサンス 第318回
手元に脱北詩人のチャン・ジンソン氏の詩集がある。氏は金日成総合大学卒、朝鮮労働党のお抱え作家だった。北朝鮮では詩人は「貴族作家」として優遇される。金正日総書記は独裁政権を維持するために個人の情緒までも政治利用するが、個人の心を金縛りにする道具として、詩人らの働きが重宝されるのである。
チャン氏の署名入りの詩はかつて労働新聞の紙面を埋め、氏は金正日と一緒に写真を撮った。当時、氏は「間違いなく幸福だった」と書く。しかし、「最も貧しい国に、最も富裕な王がいる」現実に目覚めたとき、脱北を決意した。
2004年、豆満江を渡るとき、彼を突き動かした思いはたったひとつ。飢えに死んだ300万人の、飢えに至る過程を、必ず世界に暴露するという思いだった。北の市場で見た衝撃は、「わたしの娘を100ウォンで売ります」という詩になった。
女は憔悴していた
――わたしの娘100ウォンで売ります
書かれた紙を 首にかけ
おさな児を わきに
市場に たつ その女
女は 唖者であった
売られる 娘児と
売る 女を ながめては
人々の 投げかける 呪詛に
地べた みつめる その女
女は 涙も 枯れていた
母が 死病に かかっていると
わめき 泣き叫ぶ 娘児は
その母の裾 にぎりしめ
女は ただ くちびる
震わせるばかり
女は 感謝も 知らなかった
あんたの 娘ではなく
母性愛を 買うと
ひとりの軍人 100ウォン差し出すに
その金 もって どこへやら
駆け出した その女
女は母であった
娘売った 100ウォンで
小麦粉パン かかえ
慌て 駆け戻り
別離れ行く 娘児の
口へ 押し入れる
――赦しておくれ!
慟哭する その女
娘を手元に置けば、待つのは餓死である。親切な人に売れば、娘は生き残れる。死病の母は、こうして娘を売った。そして、親としての最後の食事を娘に与えた。涙なしには読めない氏の詩集には、最も根源的な意味での生き残ることが「ご飯」という言葉に凝縮して謳われている。「ご飯が残ったよ」はそのひとつだ。
どこから もらって きたのか
冷や飯が ひとにぎり
妻の前に 差し出しながら
夫は 嬉しそうに 言う
――ぼくは 食べてきたから
一日中を 荒地 たがやし
裏山からもどった 舅姑へ
妻は その冷や飯を
お腹いっぱいな そぶりで差し出し
――これだけしか 残ってませんの
お腹には 胎児
飢えは 生涯の 罪か
心に シワ また増えた 老夫婦
宝物でも 隠すようにして
――このご飯は 朝食にしよう
その日とうとう
食べるもののない家に
ご飯が残った
国民の飢えと金正日の非道。国際赤十字の救済米は北朝鮮の国民への支援となるのか。チャン氏は国際社会の無知なる善意に烈しく怒る。「救済米と言うな」がそれである。
世界の 国々よ
この国に 米なるものを 送り
救済米と 言うなかれ
その 赤き 赤十字は
我らが 血で 血塗られたり
(中略)
その米で 兵士を 増大し
砲身を つくり
残れば その米で
閲兵式 武力示威
食べたる 力を 誇示する 先軍
これに なお 力つけさせる
援助だ 支援なのだ
独裁者なるを 救済するだけの
人道主義への 背信
赤十字社の 欺瞞
どうか 世界の 諸国家よ
送る 米の あるなら
いっそ 我らの 頭上から
無一物の 我らの 頭上から
ああ 砲撃して おくれ!
(後略)
資金のない「独裁者」
福田康夫首相は、いま、北朝鮮政策を大転換させつつある。圧力に力点を置いた従来の路線から、対話に軸足を置いた路線への変更である。6月11・12日の北京での日朝実務者の協議を受けての決断だ。協議では北朝鮮が初めて拉致問題は未解決として再調査を約したという。
しかし、再調査はどこにつながるのか。生存者を返すという前提で行われるのか。外務省も「正直言ってわからない」のである。
北朝鮮は再調査では極めて曖昧だが、よど号犯人らの引き渡しに関しては具体的である。ハイジャック犯らの日本への引き渡しは当然だが、なぜ、金総書記は、いま決意したのか。狙いは見え透いている。米国は北朝鮮がよど号ハイジャック犯を匿っていることをテロ支援国家指定の一因としており、金総書記は指定解除を、絶望的に必要としているために、ハイジャック犯らを放り出したいのだ。指定解除がない限り、世界中の金融機関に預けている5,000億円にものぼる資金も動かせない。
資金のないただの独裁者は切羽詰っている。米国にも妥協の姿勢を見せてきた。一方のブッシュ政権は業績づくりのためにも、すべての核関連施設を明らかにするとの公約を北朝鮮が守らなくても、それに目をつぶり、指定解除に動こうとする。
包囲の手を緩めて得るものはない。いまは、独裁者への包囲を強めることが大事なのだ。首相は、制裁の一部解除が拉致問題解決につながると、本当に考えているのか。
金総書記が「食べたる力を誇示する先軍」を使って、弾圧と餓死を長引かせ、拉致被害者は囚われ続けるだけだ。
チャン氏の詩集は間もなく晩聲社から出版される。首相は、チャン氏の慟哭の詩を読み、救済や支援が金正日独裁体制を支え、300万人を餓死させてきた歴史を心に刻み、制裁解除の方針を見直すべきだ。
NORPAC 北太平洋国際シンポジウム
来る7月12日(土)に下記の要領で、NORPACと慶應義塾大学東アジア研究所との共催で、北太平洋国際シンポジウム「東アジア秩序の行方と中国の役割」を開催。
●日 時 2008年7月12日…
トラックバック by 石川 敦也トーマス Blog — 2008年06月26日 16:15
譛晞ョョ蟄ヲ譬。縺ョ荳榊ス薙↑陬懷勧驥大「鈴。阪r譁ュ蝗コ諡貞凄縺励◆荳矩未蟶よ蕗閧イ髟キ縺ォ豼?蜉ア縺ョ螢ー繧
繧「繧オ繝偵さ繝?縺ォ謗イ蜃コ縺輔l縺ヲ縺?↑縺??縺ァ縲√≠繧峨∪縺励r邏ケ莉九@譛晄律譁ー閨槭?繧ゅ¥繧阪∩縺ョ遏「髱「縺ォ遶九◆縺輔l縺ヲ縺?k?医〒縺ゅm縺?→諤昴o繧後…
トラックバック by 闕芽漆蟠幄オキ繝シPRIDE OF JAPAN — 2008年06月28日 06:31
NHKニュースウオッチ9で紹介の「わたしの娘を100ウォンで売ります 」…
9月11日のNHKニュースウオッチ9でユンユンドウ 氏の「わたしの娘を100ウォンで売ります 」を紹介していました。
私はそのニュースで初めて知ったのですが、北朝鮮の実情を詩にした本…
トラックバック by 未来への便り アドバンス — 2008年09月12日 05:55