株式市場の停滞が雄弁に告げる福田政権における政治決断能力の欠如
『週刊ダイヤモンド』 2008年1月26日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 724
優れた企業と人材を多く擁し実力のあるはずの日本が、株式市場でひとり負けしている。昨年1年間で株価を下げた国は五ヵ国あり、日本は世界で2番目に大幅に株価を下げた国だった。
なぜこうなるのか。その問いと、薬害肝炎問題で患者側が「120%の出来栄え」と評価するほどの解決策を提示し、和解にこぎ着けたにもかかわらず、なぜ、福田康夫首相の支持率は下がり続けるのか、という問いが重なるような気がする。
薬害肝炎問題は、安倍晋三前内閣が「和解」の基本方針を打ち出していた。福田首相は、しかし、同件の処理を基本的に官僚に任せた。政府の、つまり厚生労働省の失政を認めたくない厚労省官僚らは、法務省にも働きかけ、福田首相に政治決断をしないように働きかけた。彼らの論点は、たとえば、これまで政府が薬害の責任を認めたことはない、裁判所は政府の責任についてそこまで踏み込んでいない、そこに政治的に譲歩して政府の責任を認めれば司法判断を逸脱することになる、肝炎患者は全体で350万人、全員への補償は最大で10兆円に上る、などだ。
福田首相は頭を痛め、考え込んだ。しかし、そのときに最も重要な点を忘れていた。薬害肝炎患者は医療行政のミスでこの難しい病にかかったのであり、国には明確な責任があるという点だ。米国のFDA(食品医薬品局)が薬害肝炎を引き起こしたフィブリノゲン製剤の有効性に、疑問ありとして承認を取り消したのが1977年12月だ。日本の厚生省(当時)は、以降10年以上も同製剤を使わせ続けた。フィブリノゲン製剤の緊急安全性情報が出されたのは、88年6月だった。
医療行政の失敗は明らかなのであり、政府が率直にその過ちを認めることが薬害再発防止の視点からも重要である。それをしたくないのが官僚である。福田首相は国民の声よりも官僚の声に耳を傾けた結果、和解に踏み出す時期が遅れに遅れた。
そして結果はというと、前述のように、患者原告団の主張が「120%」受け入れられた。政府の責任を明確に認める内容であり、1月16日付各紙は、福田首相が「国の責任を認め心からお詫びしたい」と頭を下げている写真を掲載した。しかし決断が遅過ぎたために、せっかくの内容であるにもかかわらず、あまり評価されないのだ。
福田氏の人柄について、私はよく知らない。おそらく悪い人ではないのであろう。けれど明言できるのは、この人は政治家には向かない、少なくとも、リーダーシップを発揮しなければならない地位には就くべきではないということだ。
自ら決断できない首相の体質は、外交でも経済でも、日本の立場や行動を実態以上に卑小化する。株式市場の停滞がそのことを雄弁に告げている。
かつて米国は、好景気を経てITバブルの崩壊を体験した。グリーンスパン前FRB議長は、一年間で金利を6.25%から1.0%に引き下げた。巨大な市場の崩壊を、金利という小さな手段で防ぐには、思い切った手を打つしかない。おそらく、実際に必要とされる利下げ幅よりも、なお大幅に引き下げたに違いない。結果として、この手法は功を奏した。
氏は87年、レーガン元大統領によってFRB議長に任命され、まもなくブラックマンデーが起こった。危機の抑制には、対処が重要だ。氏は、事実上ひと晩で対処策を決定し、レーガン政権は全力でそれを支えた。『波乱の時代 わが半生とFRB』(日本経済新聞出版社)に詳しいその経緯を読むと、危機克服にはいかに“政治決断”が重要かが見えてくる。
福田政権に欠けているのがまさにその点なのだ。あらゆる分野で果敢な政治決断とその実行が求められているとき、福田政権の存在が日本をさらなる停滞に引き込むことを憂うものだ。