「 米欧がイランの核問題を最重視するなか外交に疎い首相の下で孤立深まる日本 」
『週刊ダイヤモンド』 2007年12月15日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 719
福田康夫首相の外交視点には、日本周辺の景色、というより、日中関係の促進しかないのではないか。
今、国際情勢は複層的に変化しつつある。鍵は米国の中東政策だ。ブッシュ大統領の評価は、北朝鮮問題よりもイラク、イラン問題で決まる。残り任期約一年となった同大統領はそのことを意識しているはずだ。
ブッシュ大統領のイラクでの戦いについて、この数ヵ月、米欧諸国ではイラクの治安が改善されたという前向きの報道が増えている。英国BBCは過日、バグダッドを含むイラク諸都市での治安の回復と市民生活に訪れた平穏無事をかなり長いレポートで報じた。しかし日本のメディアはその種の情報をほとんど報じないため、日本人は真のイラク情報から取り残されがちだ。
むろん、イラク情勢ではまだ楽観は許されないのだが、今、米国が“死に物狂い”で取り組んでいるのがイラン問題だ。「イランが核兵器開発を続ければ、第三次世界大戦になる」と、ブッシュ大統領が警告したのは10月17日だった。続いてチェイニー副大統領も、「イランのウラン濃縮の先には核兵器の開発がある」と述べている。
ブッシュ大統領は11月7日、フランスのサルコジ大統領を迎え、中東問題を軸に話し合った。サルコジ大統領は「イランの核開発は受け入れがたい」「テヘランに対しては制裁強化が必要」だと述べて、ブッシュ路線への支援を明言した。イラク、アフガニスタンの民主化でも米国への支援をうたったサルコジ大統領を、ブッシュ大統領は「頼むに足る仲間」と持ち上げた。
ブッシュ大統領は続く9日、10日の両日、テキサス・クロフォードに所有する自分の牧場でドイツのメルケル首相と会談を行なった。最高のもてなしで遇したメルケル首相との主要議題は、これまたイラン問題だった。
国連安全保障理事会の決議に反してウラン濃縮を続けるイランにどう対処すべきか。ドイツはイランとの経済的関係が深く、必ずしもイラン制裁に積極的ではなかったが、クロフォードでは、まず外交交渉を行ない、結論が出なければ段階を踏んでさらなる制裁を決定すべきだとの点で合意した。
米欧が最大の課題ととらえるイラン問題について、訪米した福田首相の対応は対照的だった。私の知る限り、首相はイラン問題にまったく触れていない。インド洋での給油活動再開に努めると言明はしたが、それ以上、中東問題全般、イランの核問題にわが国の首相はひと言も触れていない。
中国共産党のエリート官僚らが複数で書いた『対北朝鮮・中国機密ファイル』(文藝春秋)は、中朝関係を描きながら、日本論をも展開する。同書は最後の一文でこう結論づけている。
「結局、極東アジアの外交舞台でも、日本は単なる傍観者に過ぎないのだ」
足元の極東アジアでさえも“傍観者”の日本は、中東においては傍観者でさえない。しかも、その中東に日本は石油のほぼ全量を依存する。文字どおりの生命線に対して、関心を抱かない福田外交のなんとお粗末なことか。
そして今、米国で新たな報告が波紋を呼んでいる。一六に上る米国の情報組織全体の分析として、イランは2003年以来、核兵器製造計画を凍結していたというのだ。ただし、濃縮ウランの製造は継続中だ。つまり、核兵器製造能力を構築中という点は変わってはいない。となれば、問題になるのは、核兵器製造の意図の有無の見極めである。“第三次世界大戦”という究極の表現さえ用い、全力で“イランの核”を阻止しようとするブッシュ政権、大統領にイランの意図のとらえ方を進言する情報機関。いずれも命運を賭しての情報分析、および決断である。
福田政権は、しかし、そうしたことから無縁の世界にいる。外交、安保に疎い福田政権の下で、日本の孤立は深まるばかりだ。