“無血入城”を誘う国交正常化交渉 北朝鮮ペースにはまるか否かの瀬戸際に
『週刊ダイヤモンド』 2007年10月20日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 711
平壌で行なわれた南北朝鮮首脳会談に、東京で発行されている韓国の新聞「統一日報」は、「『ソウル無血入城』誘う危うさ」との見出しを付けた。今回の首脳会談の特徴は、第一に、韓国が北朝鮮に文字どおり一方的に譲ったことだ。第二に、北朝鮮が、中国の朝鮮半島問題における影響力を排除するあからさまな動きに出たことだ。
盧武鉉大統領がいかに無原則な妥協をしたかは、南北統一に向けて法制度を変えていくとの合意にも表れている。大統領は就任以来、北朝鮮の工作員取り締まりのための国家保安法を廃止しようとするなど、北朝鮮勢力の韓国への浸透を積極的に支持してきた。この点が今回、再確認されたのだ。また、盧大統領はこれまで以上の経済協力も約した。
他方、最重要の核問題については、「解決への努力をする」とサラリと触れて片づけ、公式に認められているだけでも四八五人の韓国の拉致被害者は、志願して北朝鮮に来たのであり、南北間に拉致は存在しないとされた。“無血入城”と批判されるのも当然だ。
中国排除は、南北合意の「朝鮮戦争の終結」の項に明らかだ。両首脳は戦争終結のための関連当事国会議を開催するとしたが、金正日総書記の提案で、関連当事国は「三ないし四ヵ国」とされた。もともと北朝鮮は、朝鮮戦争終結問題は北朝鮮、米国、中国で話し合うべきだと言ってきた。ところが今回、三ヵ国とは南北朝鮮と米国だという。なぜ、中国が排除されたのか。その動きは2006年初頭の、金総書記の中国訪問から始まり、米国の北朝鮮政策と密接につながっている。
05年9月、米国が対北朝鮮金融制裁を開始し、追い詰められた金総書記は翌年中国を訪れた。目的は、中国から巨額の経済援助を得ることと、中国の力で米国の金融制裁を解除させることだった。しかし、いずれの目的も達成できなかった金総書記は中国に失望し、米国接近の道を選んだと見られる(『対北朝鮮・中国機密ファイル』欧陽善著、富坂聰編、文藝春秋)。
米国にとって米朝接近は痛し痒しだ。中国の足元に、米国の拠点として“親米的な北朝鮮”をつくり出せれば、その軍事的、政治的、戦略的意味は計り知れないが、米朝緊密化は、民主主義や人権重視を主張してきた米国外交の姿勢を裏切り、世界の米国への信頼を揺るがすものともなる。米国外交の危うさと盧大統領の“無血入城”には多くの共通項があり、将来展望は共に暗い。万が一、福田康夫首相が米韓と同質の北朝鮮妥協策を採れば、日本もまた、拉致をはじめとする問題解決は望めないだろう。
福田首相は「すべての拉致被害者の一刻も早い帰国を実現」したうえで、日朝国交正常化に向けての交渉に入りたいと述べている。「すべて」とは政府が正式に認定した残り12人のことか、それとも5,000人に上る特定失踪者も含めているのか。福田首相はこの点を明らかにしていない。
一方で、南北首脳会談で、日本人拉致被害者を念頭において、盧大統領が日本との関係改善を図るべきだと述べたのに対し、金総書記は、「拉致日本人はこれ以上いない」と述べたと、首脳会談に同行した韓国延世大学の文正仁教授が語った。だが、中山恭子首相補佐官は、金総書記が自ら犯罪行為である「拉致」という言葉を用いたとは思えないとし、実際には、金総書記は「傾聴しました」と述べたと説明する。
日朝関係を改善して国交正常化を急ぎたいのは、誰よりも金総書記であろう。だからこそ北朝鮮は、残りの拉致被害者は死亡した、拉致問題は解決ずみで国交正常化交渉を開始すべきだと言ってきた。福田首相が被害者を政府認定の一二人に絞るとすれば、交渉は北朝鮮のペースにはまる。そうした状況下での交渉は、間違いなく、“無血入城”を誘うことになる。