次期大統領選対策に暴走する盧武鉉大統領 最も心配される“第3のケース”の可能性
『週刊ダイヤモンド』 2007年9月29日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 708
韓国の盧武鉉(ノムヒョン)大統領が暴走中だ。9月7日、大統領府は野党ハンナラ党の次期大統領候補、李明博(イミョンバク)氏ら四人を「虚偽事実の流布による名誉棄損」でソウル地検に告訴するという異例の挙に出た。李氏が大統領候補指名競争のキャンペーンで「権力の中心勢力が野党候補のあら探しを指示している」などと述べたことに対するものだ。
盧大統領はまた、シドニーで行なわれたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議で、米国のブッシュ大統領と会談し、米国政府と北朝鮮による平和協定締結の見通しを明らかにせよと迫った。
米国の朝鮮半島政策の基本は米韓軍事協定である。北朝鮮との関係は休戦協定で規定される。朝鮮戦争は法的には終了でなく、休戦にすぎない。平和協定の締結は、平和協定が過去のすべてを水に流して和解するという意味において、その先に国交正常化が待ち受ける性質のものだ。
朝鮮半島政策のそのような大転換は、中国、ロシア、中東情勢を睨み、さらに金正日総書記と手を結ぶことの危うさを計算しながらになるはずで、首脳会談の席で簡単に話せることではない。にもかかわらず、盧大統領は見通しを明確にするよう迫り、不快感を覚えたブッシュ大統領が一方的に会談を打ち切ったのだ。
盧大統領の動きは、12月19日の大統領選挙で左派勢力の候補者を勝たせたいとの一心から生じている。すべてはハンナラ党の李氏追い落としのためである。与党への支持率は現在一ケタ台にとどまる一方で、李氏は約60%の支持を集める。与党候補者が大統領選挙で勝つとしたら、方法は三つあるだろうといわれている。
第一は、李氏のスキャンダルの暴露である。氏は大成功を収めた経営者であり、大資産家だ。すでに氏の“不正蓄財”情報は、同じ党で大統領候補の指名を争った朴槿恵(パククネ)陣営からも暴かれてきた。与党は、この点でさらに徹底して攻撃を強めると見られている。
第二は、なんらかの理屈をつけて、大統領府の指示で氏を逮捕する可能性だ。名誉毀損では逮捕はできない。しかし、逮捕拘束して、李氏の評判を劇的に悪化させるための口実はいくらでも考えられるだろう。
第三の可能性は“暗殺”である。韓国の現行法では、今回の大統領選挙の立候補者届け出の締め切りは11月26日だ。不都合が生じた場合、党は、締め切りから五日以内であれば代理候補を立てることができる。しかし、それを過ぎれば、代理候補を立てることはもはや許されない。つまり、その党は候補者を出せず、闘わずして敗北するということだ。
韓国で最も信頼されている言論人、趙甲済(チョウカプチェ)氏が語る。
「私は、この第三のケースを最も心配しています。第一と第二の可能性は、盧政権への信頼が失われた今、国民の心を決定的に動かす要因にはならないでしょう。だからこそ、盧大統領は焦ってさまざまなサプライズ政策を打ち出しているのです。それでも効果はないでしょう。とすれば、最後に考えられるのが、李氏の大統領職への挑戦の道を完全に断ってしまうことです」
“サプライズ政策”として、10月28日の南北首脳会談で統一への第一歩となる大胆な合意の発表などが考えられる。だが、盧大統領の提言する南北統一は、北朝鮮による韓国併合にすぎないと察するだけの体験を国民は重ねてきたはずで、与党への支持が急上昇することはないと、趙氏は予測する。
「だからこそ、第三のケースの可能性を無視できないのです」
今の時代に“暗殺”の危険などと言えば、日本ではまさかと思われる。しかし、韓国の政治は、北朝鮮との戦いの真っただ中にある。韓国の現状の厳しさを、朝鮮半島の影響を身近に受ける日本こそ、軽視してはならない。