「 小沢民主、政権奪取に猛省必要 」
『週刊新潮』 '07年9月20日号
日本ルネッサンス 第280回
11月1日に期限が切れるテロ特別措置法の延長問題を巡って、民主党の小沢一郎代表は11日、参議院で否決された場合、衆議院の3分の2で再可決させるのはおかしいと述べ、反対を強調した。
氏はこれまで、「アフガニスタンでの戦争はブッシュ大統領が自衛戦争だと言って始めた」「アフガンでもイラクでも、ブッシュ政権の政策追認だけが日米関係のすべてではない」と述べてきた。「安保も憲法も、安全保障に関する基本は国連憲章にある」として、現在海上自衛隊がインド洋で行っている給油活動には国連安保理の明示的決議がないため、テロ特措法には賛成出来ないとも主張してきた。
だが、テロ特措法は国連安保理決議の趣旨に基づいたもので、米国のみならず世界40か国以上が軍を派遣して遂行するテロとの戦いだ。指揮権は米軍ではなくNATO(北大西洋条約機構)にあり、米国のイラク攻撃を非難した独仏両国も、イスラム教国のパキスタンも参加している。明示的な国連決議がないから駄目との理屈は、到底、通じない。
8月8日のシーファー駐日米大使との会談の席で、小沢氏は次のように極めて重要なことを述べた。「ISAF(国際治安支援部隊)の活動は国連決議に基づく」「日本は国連に認められた活動に参加したい」と。
アフガニスタンでのテロとの戦いを地上で支援するISAF活動は、洋上での給油活動とは比較にならない危険に満ちている。カナダはISAFに2,500人を派遣し、すでに67名の死者を出した。
国際社会への貢献で、日本人だけは一人も死んではならないというのは憚られるが、それでも、小沢発言の真意を問わなければならない。現在の海上自衛隊の給油活動は、洋上であるからこそ、安全な面がある。それを止めて、犠牲者を出すことを覚悟しなければならない陸上での危険な任務に自衛隊を送り込む用意が、果たして日本にあるのかと。氏はそのことを国民に説明し、納得させられるのかと。
そもそも氏の国連万能、国連至上主義は理屈に合わないうえに、国益にも合致しない。国連決議に従うとの主張は、国連が決議したことなら、日本は何でもやるということにつながる。本当にそれでよいのか。
基本政策を踏みにじる民主党
それにしても、民主党はなぜ、小沢氏の主張に引き摺られるのか。03年9月に174名の民主党と30名の自由党が合体したとき、両党間には゛自由党は政策も人事も民主党案を丸呑みする〟との合意があった。
では、テロ特措法に関する小沢氏の現在の主張は、公約どおり民主党案を呑んだ内容なのか。否である。
01年、米国への同時多発テロをきっかけに議論が始まったテロ特措法にまず反対したのは公明党だった。テロとの戦いには賛成だが、自衛隊派遣には国会の事前承認が必要だと主張した。自民党は、緊急時に間に合わないなどの理由で公明党を説得し、与党案を民主党に提示した。民主党も公明党と同じく、事前承認を求めた。すると自民党は、民主党の要求を呑み、国会の事前承認を法案に加えようとした。ところが、今度は公明党が怒ったのだ。自分たちの主張は聞き入れず、民主党が言えば聞き入れるのかと。結局法案は元通りの内容になって可決された。
つまり民主党は、国会の事前承認の点を除けば、基本的にテロ特措法には賛成だったのだ。同法の趣旨に賛成である証拠に、自衛隊派遣から20日以内に国会の事後承認を得るという第五条一項には、民主党も賛成した経緯がある。
その後、テロ特措法は3度延長され、民主党はその度に反対はしたが、テロとの戦いに日本も関与すべきだが、「政府の説明が不十分だから反対」という理由からだった。
であれば、民由合併のとき、人事も政策も民主党路線で行くと公約した小沢氏は現在の主張を改めなければならない。鳩山由紀夫氏も菅直人氏も、そのことを主張し、筋を通すことだ。
国益を損なった非礼な小沢氏
テロ特措法は国際社会と歩調を一にしたテロとの戦いである。日本国の基本政策であり、国際社会との協調で日本の名誉と国益を守る政策でもある。この重要な事柄に関して暴走しようとする小沢氏に、小沢戦略で選挙に勝ったというだけで何も言えなくなるほど、民主党執行部には気概がないのか。国益を守ることの重要性も意識しないのか。そんな信念のなさで、政権交代して日本を担っていけるのか。
たしかに党代表、小沢氏の発言にはそれなりの重みがある。一旦、反対を口にしたからには、引っ込めにくいことも事実だろう。だが、理屈に合わないことはどこまで行っても理屈に合わない。国益にかなわないことは、どこまで行っても国益にかなわない。小沢氏は参院選に勝って有頂天になるほど軽い政治家では、決して、ないはずだ。政権を担う気概があり、この国を゛普通の国〟に成長させたいとの思いが真にあるなら、゛民主党の政策に従う〟との自らの公約に従い、民主党の考えに耳を傾けるべきだ。
シーファー氏への非礼な接遇についても猛省を促したい。かつて小沢氏が自民党経世会会長代行だったとき、総裁候補の渡辺美智雄、三塚博、宮澤喜一の三氏を呼びつけ、面接したことがあった。年長の政治家へのこの傲慢さは非難の的となり、氏の人間的魅力を減殺した。
今回、米国大使を党本部に呼びつけ、小沢氏自身は遅れて会談の場に臨み、大使を待たせるという所業、しかも会談は最初から最後まで報道陣の前で行い、米国側の要請にいささかの妥協も示すことなく明確にノーと言った。
その非礼なやり方はどの国の大使に対しても許されるものではない。いわんや、米国は日本の同盟国である。米国が日本の支援を必要としているように、中国、台湾、北朝鮮、ロシア問題などで、日本もまた、米国の支援を必要としている。日米は相互に不可欠の同盟国である。同盟国への非礼は、必ず、日本に負の形となって戻ってくる。小沢氏は日本の国益を損なっているのである。
日本は本来、礼節の国だった。日露戦争で勝利した乃木希典大将はロシアのステッセル将軍との会見に当たり、敵将の武人としての名誉を重んじ、帯剣を許した。敗軍の将への配慮は、武士道精神として高く評価された。政治家小沢氏の将来のためにも、政権を担いたい民主党のためにも、さらに日本国の国益のためにも、小沢氏の猛省を促すものだ。
テロ特措法について、民主党内には現在の意見集約のあり方に深刻な危機を感ずる人々が確実に存在する。責任と常識を備えた彼らの大いなる議論を、今こそ期待するものだ。小沢氏は彼らの政策論にこそ、心して耳を傾けよ。