「 『内閣改造』私はこう見た 」
『週刊新潮』 2007年9月6日号
日本ルネッサンス[拡大版] 第278回
[特集]
8月27日、参議院選挙の大敗から、約1カ月を経て、ようやく安倍改造内閣が発足した。
「私には使命がある」 「改革を滞らせてはならない」
歴史的な惨敗を喫したことへの厳しい非難の中で、安倍首相はそう続投を宣言した。
歴史的敗北の中での決断であるからには、当然、続投にかける強烈な「想い」と「意味」が改造人事に込められていなければならない。
首相が自ら、「果たすべき使命がある」と語った、その゛使命″とは何か。それは、首相就任時から繰り返し強調してきた゛戦後体制(レジーム)からの脱却″であろう。
戦後60年余を経たにもかかわらず、まだ日本は、真の意味で自立した国にはなっていない。
根本原因のひとつが憲法だ。9条を改正し、集団的自衛権を有し、国家としての基本を確立する。加えて、外交、防衛、教育などあらゆる面において、日本の立場や文明、価値観を、揺らがずに主張できる国になる―この当たり前のことを安倍首相は゛戦後体制からの脱却″という言葉で表現した。
2007年1月、安倍首相は、「参院選で憲法改正を問う」と語った。
この言葉は、安倍首相が政権発足後の数カ月間の曖昧さを捨てて明確な保守の旗を掲げる決意表明だと誰もが思った。しかし、閣僚の失言や事務所費問題、そして年金問題等によって、その旗はしっかりとした形で掲げられることなく、参院選で敗北した。
安倍首相の続投宣言は、゛戦後体制の変革″という自分らしい理念と政策を、今度こそ実現する決意だと考えるしかない。
その意味で、組閣でその変革をなし遂げるための布石が打たれているかどうかが、重要になる。
私は、安倍首相が、最重要の2ポスト乃至3ポストで、真正保守政治家であることを示すキラリと光る人選をしていれば、今回の改造は合格だと思っている。
留意すべきは、今回の組閣が、自民党の歴史上、経験したことのないほど危機的な状況での人事であることだ。どんな老練な人がやっても失敗の可能性のほうが成功のそれよりは高い。批判が前面に立ち易い中での組閣であることを念頭に置きたい。
したがって、評価は減点主義ではなく、加点主義でおこないたい。この人物は不都合だ、適切ではない、という評価よりも、゛安倍首相の理念″を実践できる人物がどこに配置されたかを基本にして、見ていきたい。
正直なところ、前の組閣に比べ、これが果して同一人物が行なった組閣なのか、という感想を抱いた。
前回の組閣が、ボコボコの穴だらけだったとするなら、今回は老練な政治家が集った安心感のある内閣である。つまり、デコボコがない、手練の剣士が集った印象がある。一方で、清新さが乏しく、日本を変えていくというキラリと光る理想と決意が見えにくい。
その中で、しかし、大英断と評価できるのは、総務大臣に前岩手県知事の増田寛也氏(55)を起用し、行政改革担当大臣に渡辺喜美氏(55)の留任(金融担当大臣兼務)を決めたことだ。
あらゆる意味で、改革と成長の妨げになってきた日本の官僚の利権構造に、この二人なら斬り込める可能性がある。
期待と不安と……
自身が官僚出身で、利権構造のあり方を知り、しかも、自治体の首長として改革を進めてきた増田氏は、地域間格差の解消という大問題と共に、安倍内閣が重要課題として掲げる公務員制度改革に、大きな力を発揮する可能性がある。
また、留任した渡辺行革相は、遮二無二、前進する人物で、公務員制度改革の重要性を認識し、巨大な霞が関の官僚集団に戦いを挑むことのできる数少ない人物である。それだけに氏に対する自民党内および官僚集団からの反対は根強い。安倍首相の決断で実現した二人の人事は、1プラス1が、2ではなく、3にも4にもなる可能性を秘めている。少数を除いて国民の利益よりも、ひたすら自分たちの利益や安寧を求めてきた日本の官僚。腐り切った官僚制度にどれだけメスを入れられるか。それとも骨抜きで終わるのか。二人の起用には、大きな期待がかけられる。
次に、対外的な観点から、外務大臣と防衛大臣を見てみよう。
外相には町村信孝氏(62)、防衛相には、高村正彦氏(65)が起用された。
二人とも、派閥の領袖であり、ソツがなく、論理的思考にも優れた人物で、いわば無難な人選である。
だが、国際情勢の大潮流は変化しつつある。変化の中では強い意思なくして国益は守れない。両氏は祖国愛に基づいた日本の主張をどこまで展開できるだろうか。
ユーラシア大陸には、現在、ロシアと中国という゛異形の国″が存在する。両国とも自由、民主主義、法治、人権などの価値観には程遠い国柄である。
ロシアは、言論の自由もなく、日々、民主主義を放棄しつつある。多くの言論、報道人たちが殺された。犯人についての真相は未だ明らかにされていない。プーチン大統領は旧KGBを中心とした強力な中央集権国家を築きつつあり、政権幹部の7~8割が旧KGB出身者で占められる。
民営化した旧国営企業を締め上げ、実質的に再国有化し、一方で、周辺諸国に対しては天然ガスのパイプラインの元栓を閉めるという力剥き出しの「資源外交」を展開中だ。いまやサウジアラビアを抜いて世界一の産油国になろうとするロシアの、石油価格の高騰による潤沢な資金がプーチン政権を勢いづける。彼はかつてのソビエト連邦の支配力を取り戻したいのだ。
また、日本の敗戦当時、北方領土を不法に盗みとったまま、返還しない。軍事費はこの5年間で少くとも3倍となり、その脅威は、確実に日本に迫っている。
すぐそこまで迫る脅威
日本の近代史はロシアとの勢力争いに特徴づけられる。戦後は中国との勢力争いである。
今年1月、英国国際戦略研究所(IISS)の報告書『ミリタリー・バランス2007』は、昨年の中国の軍事費が前年比18%増になったことを指摘した。
中国は、鄧小平時代に400万人余の人民解放軍を100万人削減、江沢民時代に2度にわたる削減を断行して、現在は230万人だ。彼らはさらに削って150万人体制を目指す。浮いた費用を技術部門(ハイテク化)に振り向けるのだ。
中国軍の最高教育機関である中国国防大学は、その極秘報告『2010年の中国国防計画』で、今後10年間の中国の主要な作戦対象を日本とアメリカとした上で、゛台湾海戦″に両国が介入しても、「陸地発進の戦闘機が空中給油機と空中警戒・指揮機の連合によって、基本的に任務を達成できる」として、台湾をめぐっての戦いで日米両国を制圧できるとしている。
また同レポートには、「2010年までは空母を就役させない」とある。逆にいえば、2010年以降は、空母就役もありうるという意味だ。台湾を奪われれば東南アジアは中国の影響下に入り、日本は孤立する。
すでに東シナ海は、尖閣諸島付近に中国艦船が遊弋し、日中の中間線は中国によって侵され、天然ガス・石油の採掘井戸が掘られ、パイプラインによって中国に吸い上げられている。
また、中国・ロシアが中心の上海協力機構(SCO)は、一昨年に続いて今年8月に合同軍事演習をおこなった。加盟国内の思惑の相違もあり、不確かな形ではあるが、「反米機構」の基礎を築きつつある。日本にとって楽観できない状況の中で、町村外相と高村防衛相は、日本の主張をどの程度、展開できるのだろうか。
一方、日本の同盟国であり、日本の側に立つはずのアメリカに関して不安材料もある。アメリカ共和党には、伝統的に超現実主義の勢力と価値観を重視する勢力がある。
超現実主義とは、目の前の問題を解決するためにはたとえ敵とでも手を結ぶもので、かつてのニクソン、キッシンジャーがそうであり、今はライス国務長官やヒル国務次官補がそれに当たる。
中間選挙で敗北したことにより、ブッシュ大統領やチェイニー副大統領などの価値観外交派が後退し、超現実主義の勢力が優位に立った。日本を裏切って、アメリカが北朝鮮と二国間交渉をおこなった背景は、ここにある。彼らの外交路線は、日本よりも中国重視に傾いていく可能性がある。
日本にとって厳しいこの情勢下で、中国やロシアの言いなりにならず、国益をどう守っていくのか。そもそも一体、誰が日本国を守るのか。
日本は、自らそれを問わなければならない。町村・高村両大臣は腰の据わった対応をしてもらわなければならない。期待しつつ厳しく見ていきたい。
最も切実な課題である教育は、伊吹文明文部科学大臣(69)の留任となった。
日本の教育を蝕んだ元凶は、日教組と文部官僚である。伊吹氏は文部官僚の側に立ちながらも、改革の動きも見せた。教育基本法をめぐる国会論戦で、教育現場混乱の元凶とされた〈教育は、不当な支配に服することなく〉という条文をめぐる解釈でのことだ。
行政の指示を不当な支配と主張してきた日教組に対して、伊吹文科相は、「(不当な支配とは)国民の意思とは違う意思で、特定の団体による教育がおこなわれることだ」と答弁し、日教組の支配こそ不当であることを国会で結論づけたのだ。
この伊吹氏の留任には、山谷えり子首相補佐官(56)=教育再生担当=の留任と共に一定の評価を与えていいのではないだろうか。
信念を貫け
選挙後、激しく安倍批判を繰り返した舛添要一氏(58)が、年金問題の焦点ともなる厚生労働大臣の地位に就いたのも、興味深い。
氏は、母親の介護を通じて、介護の現場も知っている。論客でもある氏の起用は、閣内に取り込んで封じるという意味もあったのではないか。したたかなやり方だと思う。
官房長官に起用された与謝野馨氏(69)は、政策に通じている点、人脈の豊富さ、老練な政治手法、麻生太郎氏(66)の強力な推薦などを考えると、安定感のある人事だ。
しかし、官房長官は内閣の顔であり、老練さや手腕だけでは、不十分だ。若々しさ、清新さも必要で、その点では、首相と政治信条も近く、懐刀的な人物でもある古屋圭司氏(54)あたりが起用されても面白かったのではないか。
安倍内閣が直面する状況は生易しいものではない。これ以上ないほど真剣に取り組まなければ、失敗する。肉を切らせて骨を断つような場面もあるだろう。その時こそ、歯を食いしばって粘り強く戦っていく若々しい力が不可欠なのだ。
今回の人事で最重要の要素は、安倍首相が希望通り、麻生氏を幹事長に起用したことだ。思想信条も近く、前回の組閣で幹事長にしたいと切望した゛意中の人″だ。
前回、中川秀直氏のような考え方の違う人物を幹事長に据えたことが、そもそもの失敗の始まりだった。
価値観の異なる人、実力のない人、どう考えても問題の多い人を集めた前回の人事と訣別したことは評価できる。
だが、仕事はこれからだ。
安倍首相が目指す「日本を自立国家にする」「戦後体制から自由になる」という大原則は
厳しく言えば、麻生氏の祖父、故吉田茂的政治からの脱却を意味するものだ。ひたすら経済を重視する通称゛吉田ドクトリン″をこそ打ち消すことなのだ。
吉田茂、石橋湛山とつづいた戦後の二人の総理を超えるところから真の「戦後体制からの脱却」が始まることを忘れてはならない。
安倍首相の祖父・岸信介は、石橋湛山の病気辞任のあとを受けて首相となり、安保改定に向け、信念の組閣をおこなった。
国会を十重、二十重に取り囲んだ反対勢力にも屈せず、敢然と自分の信ずる政策を断行した。
自分は何のために総理になったのか。自分の志はどこにあったのか。安倍政権を意味あるものにするため、日本という「国家の姿」を安倍首相は本気で問い続けなければならない。
その首相の心意気が見える時、国民の力強い支持が戻ってくるだろう。
自由民主党―――この根腐れた政党
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トラックバック by ロドス島の薔薇 — 2007年09月12日 08:06
安倍内閣改造人事
さて、27日の内閣改造人事、及び党人事。
当然だが色々評価は分かれる様ですが、私はかなり評価して良いと思う。
安倍首相、かなり頑張ったのではないか。…
トラックバック by 徒然の陣(仮題) — 2007年09月16日 05:23