「 韓国ハンナラ党よ、信念を持て 」
『週刊新潮』 2007年7月19日号
日本ルネッサンス 第272回
韓国ハンナラ党よ、信念を持て
韓国政界が荒れ模様だ。結果次第では、事実上韓国が北朝鮮に呑み込まれる。経済も社会も、圧倒的に北朝鮮に優り、国民が努力して豊かさ、自由、幸福を実現してきた韓国が、国全体が収容所になり果てたあの北朝鮮の前に、自ら膝を屈して身を投げ出す動きを見せ始めたのだ。
この不可解な動きは、意外にも、これまで盧武鉉大統領の親北朝鮮政策を厳しく批判してきた野党ハンナラ党から飛び出した。同党は金大中、盧武鉉両政権と闘ってきた反共色の強い保守政党で、反金正日体制の立場から盧政権の親北朝鮮政策を糾弾し続けてきた。だが、7月4日、突然、同党最高委員、鄭亨根氏がソウル市内で記者会見し、従来の北朝鮮政策を180度転換する「韓半島平和ヴィジョン」をハンナラ党の新政策として発表したのだ。
「ヴィジョン」は、北朝鮮が核を放棄しない限り交流を自制するとの年来の政策を捨て、核を放棄しなくとも金正日体制を是認し、数多くの支援を約するものとなっている。
たとえば、北朝鮮の産業研修生3万人を毎年受け入れる、ソウル─新義州間の高速道路建設及び北朝鮮工業団地近代化への支援、一定限の北朝鮮への電力供給、金剛山及び雪岳山の観光特区造成への大規模支援、年15万トンの米無償支援などである。支援策が北への多額の現金流入を意味することは言うまでもない。
鄭氏は右の「ヴィジョン」発表に際し、「我々はこれまで(北の脅威に対して)安全保障体制の整備を優先し、その後で南北の交流を進めるべきだとしてきたが、明らかに東北アジアでは脱冷戦の流れが進んでおり、我々の現実への対応は不十分だった」と延べ、同党の新政策が「方向性においては現政権と似てきた面もある」と認めたのだ。
氏は検察官出身、1983年以降10年余にわたって国家安全企画部(当時)で北朝鮮、共産主義の脅威に対処する任務を担ってきた、いわば筋金入りの人物だった。それが突然、氏も党も変身したのだ。当然、強い反発がおきた。『朝鮮日報』は7月5日、「整形手術」とする社説を掲げ、政党の基本路線を引っくり返したハンナラ党を「結局北朝鮮の脅迫に両手を上げた」「大韓民国の有権者の水準を馬鹿にした」と一刀両断した。
翻弄されるハンナラ党
いま韓国で最も信頼されているといわれる言論人、趙甲済氏が述べた。
「ハンナラ党には内外から激しい批判が相ついでいます。鄭最高委員の発表だからといって、それがそのまま同党の公約として確定することはないと思われます。その証拠に7月8日、9日に同党の二人の大統領候補、李明博前ソウル市長と朴槿恵氏が反論を発表しました」
確かに両氏は反論らしきものを発表した。朴氏は〝北の核廃棄と北への支援を切り離したのは心配だ〟という主旨、李氏は〝党の政策は是認するが、具体的方法において部分的に(私の考えとは)差がある〟という主旨である。
早稲田大学現代韓國研究所客員研究員の洪辭虫≠ヘ、これでは反論になっておらず、まるで仕方なくコメントしたように見えると述べた。
「ハンナラ党政策の大転換は根本的な間違いですが、その点を両氏は指摘していません。両氏ともに、12月の大統領選挙での中道派の支持狙いでしょうか。そのために保守層の主張である毅然とした対北朝鮮外交を、事実上捨て去ったと見られても仕方ありません」
保守党本来の主張を安易に変えて、金正日体制に媚びる時代錯誤の政策が問題解決につながるわけもない。にもかかわらず、このような提言が生まれる背景には、左翼陣営からの烈しい攻撃がある。
「ハンナラ党は北朝鮮と韓国内の左翼勢力の両方の攻撃に晒されています。北朝鮮は労働党機関紙などで、ハンナラ党政権の誕生は朝鮮半島の危機に直結する、対北対立を煽る党が政権与党になれば戦争になる、と繰り返し警告してきました。韓国与党は、野党政権の下での戦争を選ぶのか、与党政権の下での平和を選ぶのかと、言い立ててきました。そうした批判の前に、ハンナラ党の有力者たちは妥協の道を選んだのです」
洪氏がこう語れば、趙氏も語る。
「左翼の盧武鉉政権は政権を握っているだけに、多くの情報を持っており、情報操作も可能な立場にいます。10年間野党暮らしをしてきたハンナラ党と比べて、極めて低い支持率しかないとはいえ、政権を持つ側は、それでも力を持っている。ハンナラ党は、北朝鮮と政権側の攻撃によるダメージを和らげたいとして、防戦のため受け身になったのです」
三度目の〝保守自滅〟か
いま、ハンナラ党は〝オポチュニストの党〟〝安保を忘れたウェルビーイング族〟などと揶揄される。国防の重要性を横に措いて自分さえよければよい人々という意味だ。韓国国民の皮肉な視線が感じとれる呼び方ではないか。しかし、各種世論調査で大統領候補として断トツの支持を誇るのはハンナラ党の二人である。李氏が約40%、朴氏が25%、その他の与党系、つまり左翼系候補者はいずれも一桁台、しかも2%前後から精々7%弱の支持率だ。
この数字をみれば、ハンナラ党が突如政策を大転換し、年来の支持者である保守層を〝裏切って〟まで、支持率一桁台の与党の政策に擦り寄る必要は全くない。にもかかわらず、突如迷走し始めた原因は今年2月13日の北朝鮮の核を巡る六者会議の合意にあると、趙氏は言う。
「2月の北京での会議で米国が北朝鮮に大きく譲歩しました。北の核放棄を条件に、米朝間の『完全な外交関係』樹立の可能性、北に対するテロ支援国家指定解除の可能性などを米国は約束しました。北朝鮮がスンナリ応じるはずがないのはこれまでの経験からも明らかですが、ソウルの政治家たちは信念がないために浮足立ちました。米朝関係が改善されるとき、自分たちだけ取り残されると恐れたのです」
ハンナラ党にはもうひとつ、深刻な問題がある。朴、李両氏の互いに対する熾烈な個人攻撃である。特に、朴氏の李氏への攻撃は常軌を逸すると言われる。李氏攻撃の材料を、政権与党が朴氏に秘かに提供していると見る人さえいる。両氏が互いを傷つけ合って支持を失うことは与党にとっては願ってもない好都合だからだ。趙氏は、このような現象も、一体誰が真の敵かを見分けられない未熟さから生じていると嘆く。
ハンナラ党は8月20日に党の大統領候補を選出する。中傷と攻撃合戦が続く場合、どちらが勝っても関係修復は難しく、保守勢力は分裂の危機に直面する。過去二回の大統領選挙で左翼勢力の金大中氏と盧武鉉氏が勝ったのは、保守勢力の分裂ゆえだった。韓国の政治家は三度目、同じ悪夢を辿る程、未熟なのか。そうではないと信じたい。