「 汚染大国・中国を放置するな 」
『週刊新潮』 2007年7月12日号
日本ルネッサンス 第271回
オランダの研究機関「オランダ環境評価機関」(MNP)は6月20日までに、06年、中国は二酸化炭素(CO2)排出量において米国を抜き世界一の排出国となったとの推計を発表した。予想よりも4年前倒しの中国の〝世界一〟について、MNPは06年の中国の排出量は年間8.4%増加して62億トンとなり、米国は1.4%減少して58億トンにとどまったと分析した。
中国政府は、即、反論に出た。外務省の秦剛報道官が「中国は発展途上国である。経済成長に伴って排出量が増加するのは当然だ。しかし、中国の一人当たり排出量はオランダの11.4トンに対し、わずか3.66トンにすぎない」と述べた。同報道官は地球温暖化の主原因は先進国にある、罪を発展途上国に押しつけずに、真摯に反省せよとも主張した。
中国各紙も反論を掲載したが、なかには「西側の一部の人々は不届きな下心があって中国環境問題を誇張」「環境問題を利用して中国の急速な経済発展を牽制するのが狙いだ」などというものもあった(『産経』6月22日)。
中国政府のこの種の主張はこれまでも繰り返されてきた。国家発展改革委員会の馬凱主任は今年6月4日、こう述べている。「かつては中国のエネルギー脅威論が強調されたが、現在はこれに代わって中国の環境脅威論がふえてきている」
彼らの主張は、大別して三点である。①1950~2002年までの中国の累計CO2排出量は、世界累計の9.33%にすぎない。 ②一人当たりCO2排出量は中国は3.66トン、世界各国の平均の87%にすぎない。 ③中国の単位GDP当たりのCO2排出量の弾性値は小さい、などである。
だが、国際研究機関などが示す他の数字が突きつける環境汚染の現実は非常に厳しい。CO2排出量世界一という不名誉な数字は中国の大気汚染のひどさを示すが、海洋汚染の凄まじさも同様だ。
中国の海に広がる汚染面積は約15万平方㌔、内、11万平方㌔が近岸海域だ。このことは中国の近岸海域の55%が汚染されていることを示す。中度及び重度の汚染海域は約4.7万平方㌔に達する。汚染が深刻なのは遼東湾、渤海湾、莱州湾、長江口、杭州湾、江蘇近岸、珠江口などである。
想像を絶する中国の〝黒い海〟
汚染物質毎に見てみよう。サンプリング海域によっても異なるが、以下は一番高い海域での数値である。無機窒素は海水基準値の17倍、活性リン酸塩が23倍、石油類が14倍。いずれも凄まじいが、鉛はなんと49倍、銅が11倍、水銀も18倍である。あってはならないカドミウム、タリウム、ベリリウム、アンチモンなどの重金属及び劇毒類の汚染は、調査が行われた全海域で普遍的に検出されており、中国の海が極めて深刻な汚染に陥っていることがわかるのだ。そして、当然だが中国の汚染海水は恒常的に日本の海に流れ込んでいる。
長年中国貿易に携わってきた大手日本企業の役員が語った。
「目を覆いたくなる現実は、地元の人間ほどよく知っています。ですから、天津市の人々は眼前の渤海湾でとれた魚や貝は口にしません。湾にそって東北方向、遼寧省あたりまで行くと、海は黒くねっとりとした重い波が広がるのみで、軽やかなさざ波などたたないのです。汚染の気味悪さは一目でわかります。ここで獲れた魚は遠く上海などに運ばれ、天津の人たちは他の港で水揚げされた魚を口にするわけです。しかし、所詮、中国の海の大半が汚染されていますから、どこの魚を食べようが、有害物質を体内に摂り入れることは避けられないのです」
中国の富裕層は、各々特別のルートで汚染の少ない食糧を確保するのが常だというが、そのような特権的立場の人は一握りにすぎない。国民の大半は劣悪有害な食糧に頼らざるを得ないわけで、中国から食糧を輸入し、それを口にする日本人も同じ立場だ。中国の環境汚染が日本人の健康被害を生み出す構図が出来ているのだ。
脅かされる日本人の命
中国の海の凄まじい汚染は家庭の台所やトイレの排水、農業で大量に使用される窒素、リンなどの肥料の流出、工場排水などが川から海に流れ込むのが大きな原因だ。
早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授の原剛氏は、汚染物質の河川及び海への流出を止める制度が中国にはまだ確立されていないと指摘する。
「日本には工場などに対する排出基準があります。次に、基準値を満たしていても一定量以上の排出を許さない総量規制があります。第三により大きな枠組みとしての環境基準があります。
中国にも排出基準はあるのですが、ザル法です。排汚費制度が排出基準に伴って作られましたが、これは罰金さえ払えば汚染物質の排出が許される仕組で、環境汚染を法律によって許してしまうという逆効果を生み出しています。
次の総量規制は、中国にはありません。三番目の環境基準はありますが、汚染物質を根元で制限する排出基準規制が機能していないために、環境基準を設けた意味がないのです」
日本人が好む食材の多くが中国で生産されている。たとえば、中国は養殖漁業で世界一の実績をもつ。上海蟹から鰻まで、大量に日本に輸入される。原教授が指摘した。
「大連を擁する遼寧省を遼河が流れています。広大な低地と水田があり、海岸線が長く、日本に近いという地の利もあって養殖が盛んです。しかし、遼河の汚染はもの凄い。遼河が流れ込む渤海湾岸一帯の汚染は、自然の回復力をはるかに超えています」
自然の回復力を超えた環境汚染が重なり合って中国の海は、前述のような数値に染まってきた。それでも中国政府は「我々は発展途上国だ」「一人当たりの汚染は少ない」と弁明する。
かつての中国は生産の70%が軽工業だった。現在はセメント、鉄、化学など重工業中心の経済で猛烈な清張を遂げつつある。WTOにも加盟した。世界の技術をとり入れ、フル稼働で経済成長を続け、それによって、中国共産党は求心力が保っている。中国共産党のための経済成長優先政策、環境はあとまわしなのだ。その彼らが発展途上国だとして弁明するのは許されない。
中国共産党政権の政策に、二重三重の意味で「ノウ」と言えるのは、日本である。これまで日本は環境分野で3.5兆円を超える有償無償の資金及び技術協力を行ってきた。日本の海も大気も中国の環境汚染の影響をうけ、日本人は直接の被害者である。そして日本には世界一の環境技術がある。日本政府は日本人の健康と命を守るためにも中国に物を言わなければならない。