「 介護を第二の年金にしないために 」
『週刊新潮』 2007年6月28日号
日本ルネッサンス 第269回
医療、介護を専門とするハンディネットワーク社社長、春山満氏は、折口雅博氏のコムスンは破綻すべくして破綻したと言う。彼らが介護事業に乗り出し、全面拡大方針を採り始めた当初から春山氏は、必ず行き詰まると指摘してきた。
2000年7月9日に、フジテレビで春山、折口両氏のビジネスモデルを比較した『スーパーナイト』という番組が放送された。介護は何を目的とするのか、具体的に何をどうしなければならないかを両氏が語り、各々の活動が比較された。両氏の考え方や手法はまさに対照的だった。
たとえば、「お客」、つまり、医療や介護を必要とするお年寄りをどのように確保していくかである。番組では、折口氏及びコムスン側が積極的な顧客確保に動く姿が報じられた。チラシを作り、地区毎に戸別訪問し、可能性がありそうなお宅には、事務所所長や責任者と若手スタッフが一組になって訪問する姿は、現在の彼らの状況とピッタリ重なっている。
他方、春山氏が指導する病院の風景である。医師、看護士、その他スタッフを前に氏はこう繰り返す。
「急がないで下さいよ」「無理して(顧客を)増やしても、サービスの質が追いつきませんから」
7年前の発言を振りかえって春山氏は現在、次のように解説する。
「介護は物売りでも、単なる労働力の派遣事業でもないんです。お年寄りの健康と命がかかっている。だからこそ、サービスを開始したら中断出来ません。真っ当なサービスを提供し続け、責任を全うしなければなりません。だから、私は、無理な顧客の確保はさせません」
それにしても折口氏の介護事業へのデビューは鮮烈だった。その鮮烈さが氏の手法の危うさに通じている。春山氏が当時の背景を語った。
「1999年に介護保険の1時間当たりの単価が4020円になることが決まりました。厚生省(当時)は介護事業に進出する事業者を増やす目的で、飴をバラまいたのです。このとき多くの事業者が、介護は儲かると考えて参入してきました」
脱法違法で全てが無に
明らかに折口氏もその一人だった。氏は当時、公的介護保険導入のニュースを聞いて「介護費用の支払いの裏付けが整えば、在宅介護は必ずわが社の利益の柱になる」と思ったと語っている(『産経』6月18日)。
「介護は必ず儲かる」と確信した折口氏は事業所(センター)開設計画を次々と拡大させていき、介護保険制度が始まった2000年4月、傘下の事業所は一挙に4桁の数に膨らんでいた。その後は、派手なテレビCMと従業員へのノルマ達成の指示という、表向きのイメージと厳しい内情とのギャップの連続だった。
介護もビジネスであるからには、事業者はよいサービスを提供して適正利益を得なければならないと春山氏は言う。適正利益とは支払う側も受け取る側も、納得出来る利益とも言えるだろう。適正利益を生み出す良質のサービスは、不断の〝教育〟があってはじめて可能になる。だからこそ、従業員の教育が最も重要だ。その視点で見ると、折口氏の急速な介護ビジネスの拡大は、動機も提供するサービスの内容も、そして社員教育も余りにも危うい。春山氏が指摘した。
「私はこれまで医療、介護先進諸国の100か所以上の事例を見てきました。コムスンは、つい先頃まで、医療と結びついた介護サービスは全く実施しておらず、ヘルパー派遣だけでやってきました。医療から切り離されたこのような介護事業の事例を、私は見たことがありません。介護は医療と背中合わせ、両要素を個々人の状況を見ながら、いかに効率よく組み合わせていくかが、最も重要なのです」
コムスンで働く人々は非常勤も含めて約2万4,000人。圧倒的多数は真面目で熱心なヘルパーの方々だ。だが、彼らの頑張りにもかかわらず、不正請求や水増請求、連座制逃れのための事業所の閉鎖といった、経営陣による脱法違法行為は、すべての努力を水泡に帰す。
だからこそ、違法脱法行為を行ってまでも利益を追求する経営者には、市場から撤退してもらわなければならない。それが高齢化国家の最先端を行く日本のためである。にもかかわらず、コムスンの撤退は6万人から7万人の介護難民を生み出すと折口氏は主張した。しかし、そのようなことがないのは、コムスンの事業引き継ぎに30社余りが名乗りをあげたことからも明らかである。
ではコムスンを丸々他社が引き受ければ、日本の介護はどうなるのか。実はこのことこそ、真剣に考えなければならない。2055年には日本の高齢化率は40%に達し、75歳以上の後期高齢者で認知症を発症する人々が急増する。若年労働力が減少の一途を辿る日本でだれが介護のこの費用をもつのか。
現状の介護制度は続かない
「介護を語るとき、それを可能にするお金をしっかりと見詰めることが重要です。私たちはいま、要介護の度合いに応じて、一定額のサービスを自己負担1割で受けることが出来ます。残り9割は国、つまり、国民全員が払います。その場合、増え続ける費用に、私たちは耐えられるのか。年金同様、いつか破綻するのではないか。解決方法を探さなければなりません。その第一歩は、日本の介護制度がいかに稀なる制度であるかを知ることではないでしょうか」
春山氏はざっと以下のように説明する。世界の福祉は大きく三つのタイプに分類される。北欧型、欧州型、米国型である。
北欧型はデンマークやスウェーデンだ。医療も介護も、手厚いが所得税は一律に50%、消費税は25%だ。極めて重い税負担を前提とするのが北欧型だ。
対照的なのが医療保険はじめ、およそ全てが自己責任の米国だ。国は医療も介護も提供してはくれない。
そして、日本に近いといわれるのが欧州型、英仏などだ。これらの国では医療は国家によって提供される。しかし、介護は全て自己負担だ。但し、英国では総資産が400万円を切ると、公助が出始める。総資産が減れば減るほど、公助額は増えていく。公助は、自宅も車も目ぼしいものを全て売り払って、出来るところまで自分で自分を支え、ほとんど身ひとつになったところで受けるという位置づけだ。しかもこれらの国々の消費税は20%前後だ。
それに較べると、前述のように日本では医療も介護もその一部を自己負担することで受けられる。税率は他国と較べて低水準だ。果たして、この〝すばらしい〟仕組がこれから先何十年も維持され得るのか。到底、無理である。だからこそ、私たちはコムスン問題を10年先、20年先の医療・介護の在り方につなげて考えなければならず、その第一歩が日本の制度の特異性を認識することなのである。