「 東アジアの主導権を激しく求める中国 中国が日米両国に挑戦する時代の幕開け 」
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「 東アジアの主導権を激しく求める中国 中国が日米両国に挑戦する時代の幕開け 」
「2007年、中国政治の焦点は秋の党大会よりも経済にある。中国の金融危機はすでに顕在化しており、重要なことは、世界がその危機をいつ認識するかである」
こう述べるのは、台湾前総統の李登輝氏である。5月30日から11日間、日本に滞在した李前総統は、松尾芭蕉の「奥の細道」紀行から戻った翌朝、靖国神社に参拝した。旧帝国海軍軍人、岩里武則として戦死した兄を祭る同神社への参拝は、純粋に李家の想いであり、政治的歴史的解釈をしないでほしいと、説いたうえでのことだった。
戦後62年、靖国神社で兄の魂と交わした初めての会話に、李前総統と夫人は涙を浮かべた。長年、参拝どころか日本、とりわけ東京を訪れることを中国政府に阻止されてきた李前総統の訪日は、今回、安倍晋三首相の無言の、しかし、強い支えで実現した。中国が一連の出来事を非難したくても、今は、中国側の事情がそれを許さない。その事情を踏まえての、老練なる政治家、李前総統の参拝だった。李前総統は、一生をかけて対峙してきた中国共産党政権の現状についてさらに語った。
「中国の経済危機は、'06年にすでに顕在化していました。'06年5月には、中国商業銀行の不良債権に関する報告が、国際機関から相次いで出されました。外国からの直接投資は'06年第3、第4四半期から停滞しています。にもかかわらず、中国当局の統計では、外資の投資総額は'04年以降大きな変化はない。中身を検証すると初めて深刻な変化がわかります。香港やバージン諸島などのタックスヘイブンからの投資が顕著に増え、欧米、アジア諸国の投資が減少しています」
中国政府発表の資料には政治的意味合いが加味されるため、実態は往々にして隠される。李前総統が指摘した第一のポイント、不良債権も同様だ。1年前、大手会計事務所の「アーンスト・アンド・ヤング」は、中国の不良債権を「9,110億ドル(約100兆円)」と発表したが、中国政府の猛烈な抗議で撤回した。同社は最終的に、不良債権は「1,330億ドル(約14・6兆円)」とする中国政府の公式発表を「客観的根拠に基づく」数字として受け入れた。が、「当初の分析を貫いた場合、同社の中国業務に重大な影響が出ていた可能性は否定できない」(「産経新聞」'06年5月15日付)と報じられたように、真実は不明である。
たとえ数字を変えても、不良債権を一挙に国家権力で処理しても、中国経済の歪みは直らない。中国のすべては中国共産党のための制度と慣習を軸に回っており、国民のための発展が体現される可能性は、恐ろしいほど低い。
「このため、中国政府は経済問題から生ずる衝撃を緩和する愚民政策に力を注いでいます。中国の宇宙計画、北京五輪、日本との歴史問題などもそのなかに含まれます」と李前総統。
今年秋の第17回全国人民代表大会で、胡錦濤国家主席は間違いなく強大な権力を手にし、足場を固めることになる。中国の経済支配権を中央に集中させる布石も打つ。
'08年には胡主席はより強い力を有し、その一方で米国大統領も台湾総統も交代する。米国は外交上の困難により、一時的に東アジアにおける主導権を失う。中国が東アジアの主導権をめぐってより激しく米国に挑戦していく時代の幕明けになる。
「東アジアの地政学は第一次世界大戦前の状態に戻ります。地域内の覇権争いが繰り広げられ、その主軸が中国と日本なのです。だからこそ日本は中国と対等に張り合える国にならなければなりません」と李前総統。
日本が清国と戦ったあの時代の国際政治の力学が、再現されるというのだ。日本と祖国台湾の運命が重なることを鋭く認識するがゆえに発せられたこの真剣な警告を、私たちは軽んじてはならない。