「 『京都議定書』は空手形に終わるか 」
週刊『週刊新潮』 2007年4月12日号
[特集]日本ルネッサンス 第259回
昨年11月、ケニアのナイロビで開かれた国連気候変動枠組条約締約国会議第12回会合(COP12)の会議で英国財務省作成のスターン・レビューが発表された。内容は、人類が直ちに地球温暖化の原因となる二酸化炭素削減に取り組めば、年間の対策費は世界のGDPの1%で済むが、放置すれば、5~20%が必要になるというものだった。
続いて発表された今年2月の「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)の第4次報告書は、温暖化は着実に進行しており、それは紛れもなく人間の活動が原因であると断定、化石燃料中心の経済成長からの脱却を訴えた。
「右の二つの報告によって、国際社会の気候変動に関する意識は随分変わってきました。環境問題にソッポを向いてきたブッシュ大統領の足下でも、ハリケーン・カトリーナの襲来などで、意識は変わりつつあります。ポストブッシュ時代に米国が突然、環境大国の道を目指す事態も十分あり得ます」
こう述べるのは元環境大臣の大木浩氏だ。問題はしかし、環境に関するこうした危機意識と、各国の環境への取り組みが一致しないことだ。国立環境研究所参与の西岡秀三氏は、あと50年で二酸化炭素の排出を半分に削らない限り地球は潰滅的打撃を受ける、と科学調査の結果は明確に告げていると断言する。
IPCCの2005年の報告は、地球の気温が1~2度上昇すると、地球上の生物種の約4分の11が死滅、2~3度の上昇では3分の1が死滅し、またツンドラの大半と北方林の半分が消滅する。3度、4度、5度と上昇するにつれて農業潜在生産力が顕著におちて人類の飢餓が進む。5~6度の上昇で、人類を含む生物種の絶滅が現実となると予告する。
「気温上昇が2度を超えると、我々は極めて危険なレベルに突き進んでいかざるを得ない。2050年までに温室効果ガスの排出量を半減させなければ、この危険水域に達してしまう。50年で50%、10年で10%。京都議定書で決めたのは約20年で6%の削減でしかなく、到底間に合いません」と西岡氏。
京都議定書は1990年を基準として、2008年から2012年までに日本は6%、EUは8%の温室効果ガスを削減せよと決めた。その一方で、世界最大の排ガス国家・米国は同議定書から抜けてしまい、二番目の排ガス国家・中国や工業化の進むインドは最初から削減を課せられていない。人類が直面する温室効果ガスの脅威は極めて深刻で、有効策を打ち出すのに残された時間は10年との警告もある。一方、西岡氏は50年で二酸化炭素の排出を半減すれば間に合うという。大幅な余裕をもたせたかに見えるこの2050年説でさえも、実現には、大変な労力が必要だ。全世界の平均値として、一人当たりの二酸化炭素排出量を年間1.1トンに抑えなければならないのだ。日本人はいま年間一人当たり9.4トンを排出しており、単純計算すれば実に90%の削減が必要となる。
「まるで悪夢ですが、恐ろしいことに、科学ではこれは常識なのです。しかし、政治家は誰もここまで踏み込んで訴えはしません」(西岡氏)
息を呑む中国の環境破壊
人類滅亡のシナリオは、科学によって規定される。にもかかわらず、政治は科学の警告に必ずしも従わない。このままでは間違いなく、地球と人類を滅す最悪最大の原因となる中国も方向転換出来ないと、中国人ジャーナリストの石平氏は悲観的である。
「去年10月、国家環境保護総局副局長の張力軍は、中国の都市部の約半分は、深刻な大気汚染に直面していると認めざるを得ませんでした。河川も90%が深刻に汚染され、7億人以上が汚染水を飲んでいます。中国政府の環境対策が軒並み失敗した理由は二つ。第一に政府自身が二酸化炭素排出産業に依拠した経済成長路線を続けていることです。06年の石炭の発掘量は前年比で8.8%増、火力発電15%、鉄鋼生産18.3%、セメント16.9%の増加でした。もう一つの理由は、企業が法に従わないことです。本質的に法治国家ではない中国で、環境行政がうまくいくはずはありません。
中国共産党は国民の不満解消に経済成長を必要とし、汚染産業を容認しなければならない。環境対策で経済成長が鈍れば、失業者はますます増えて政権の崩壊につながります。環境保全か、共産党独裁政権の生き残りか。中国政府は迷わず後者を選びます」
早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授の原剛氏も中国の状況は「極めて深刻」だと語る。
「中国が一昨年終了した第10次五カ年計画の中の環境対策は、二酸化硫黄の10%削減を目指していたにもかかわらず28%も増えるなど、明らかな失敗です。昨年から始まった第11次五カ年計画ではGDP比のエネルギー消費量で20%削減、主要汚染物質は10%削減という厳しい目標を設置しましたが、展望は暗いと思います」
中国政府の環境への取り組みを、日本政府はODAを使って支援してきた。重慶、大連、貴陽などの諸都市を「日中環境モデル都市」と位置づけて技術援助を行った結果、街全体が見違えるほど綺麗になった。日本の技術で一部の都市や企業では大いなる改善が見られる。こうした中国における環境改善の試みを大いに評価しつつも、中国政府の政策には問題もあると原氏は指摘する。
「排汚費の制度があります。汚染物質を排出する際、罰金を徴収するのです。逆に言えば、金を払えば汚染物質を出してもよいのです。最悪なのは、最も汚染度の高い物質の分だけ、支払いをすれば、他は免れる。反則切符が堂々と法制度の中に定着しているのです」
同制度は1982年に始まった。排汚費は生産コストに組み込まれ、罰金は国と地方自治体で6対4に分けてきた。巨大なエチゼンクラゲの発生源といわれる遼寧省の海岸では、汚染された海水がお汁粉のようにトロリとうねっている。周辺諸国にも深刻な被害をもたらす環境悪化は、紛れもなく中国政府の政策が生み出した結果なのだ。いまや中国では、水をはじめとする生活環境汚染に農民が怒りの暴動を頻発させ、工場側が「殺し屋」を雇って逆襲するケースも少なくない。
原氏がこう指摘すれば、国際教養大学学長の中嶋嶺雄氏も、温暖化を含めて、すべての環境悪化の原因は中国であると指弾する。
「環境意識は目覚めつつありますが、共産党が独裁を維持し情報をコントロールしている限り、解決は不可能です。環境と人権問題は密接で、人権を抑圧し、情報や言論の自由を奪う国が、内在的に環境問題を解決することは出来ません」
溶け出すシベリアの永久凍土
ロシアの環境対策は一言で言えば野蛮である。ソ連時代には存在した環境省は97年に環境保護国家委員会に、また2000年には天然資源省の下部機関に格下げされた。原氏は、天然資源省自体が汚染を生み出す省であり、彼らが自律機能を発揮して環境保護の方向に舵を切ることなどあり得ないと語る。
プーチン大統領の下、ロシアは民主主義とも環境保護とも縁を切ったかのように不可解な道を突き進む。京都議定書の批准によってロシアは、90年を基準として、ホットエアと呼ばれる排出枠の余剰を持つことになった。彼らはいま、そのホットエアを日本と米国に売りつけようとしているのだ。
元防衛大学校教授の瀧澤一郎氏は、シベリアのタイガ(針葉樹の大森林)を視察したときの体験を想い出すという。パルプ工場に案内された折、工場長が大森林を前に、右前方4分の1を指して、ここまで伐採するのに100年、左前方4分の1を指して、ここまで切るのにもう100年、その間に最初に切った森が再生すると豪語したという。
杜撰な開発の結果、シベリアの永久凍土は徐々に溶け出し、温暖化効果が二酸化炭素の24倍もあるメタンも噴き出し始めている。メタン噴出はロシア人のみならず、人類全体が悶えながら絶滅する危機に通ずる。だが、そのことを最も気にかけていないのが環境破壊で潤うロシアの体制派である。ホットエアの取引をはじめ、エネルギー資源の独占で潤い、頂点に立って多くの暗い秘密に守られながら権力を行使するプーチン大統領はその最たる例であろう。
中国やロシアを筆頭に、凄まじく暴力的な文明への挑戦が、地球環境の破壊を伴いながら進む一方で、この危機を救う叡智や技術がいま、巧みに経済効果に結びつきつつある。たとえば米国である。ブッシュ大統領が京都議定書に否定的だといって、米国全体が環境問題に無関心なわけでも、環境対策が遅れているわけでもない。原氏が語る。
「建国の主役となった米国北東部の州の知事たちは、環境問題について連合し、時には連邦政府と対峙してきました。レーガン政権を酸性雨問題で訴え勝訴しました。この七州連合は二酸化炭素の排出を2009年から10年間で10%削減すると宣言、他の州も追随しつつあります」
米国を突き動かすのは、明確な結果、メリットを伴う動機である。一例がブッシュ大統領が推進するエタノール政策だ。トウモロコシを主原料として、純度の高いエタノールを抽出し、ガソリンとの混合で使用する。家畜の餌がエネルギー原料として高く売れる。E10(エタノール10%)ガソリンにとどまらず、E85(同85%)のスタンド、さらにE85仕様の車も製造され始めたと、原氏は驚く。
「経済効果があるとなれば、一気に展開するのが米国の底力です。大きな船のように、米国は片方に揺れることはあっても、必ず、揺り戻しがあって、沈まない。米国を反環境の国と見るのは間違いで、近い将来、米国が一気に環境大国への道を駆け上がることも考えなくてはなりません」
世界を救う日本の技術
大木氏もまた、一度その気になったら、米国が大変身を遂げて環境大国の貌を見せる可能性を指摘する。そしてそれは21世紀最大のビジネスでもある排出権取引に結びつくのだ。
「大気汚染物質の排出量の取引は、元々、米国のシカゴ市場で行われていたのです。米国こそは排出権取引の元祖です。米国が環境ビジネスの主役になるとしても、驚きません」(大木氏)
対照的なのが日本である。日本は遅くとも2012年までに6%削減しなければならないのに、現在、8%のオーバーである。
70年代から80年代にかけて、石油ショックのあおりで他国に先がけて省エネ技術を磨いた日本にとって、90年を基準に6%削減するのは、乾いた雑巾を絞るようなものだとの声もある。だが、それを決めたのは日本が議長国を務めた京都会議でのことだ。その成果を問う最初の年が2008年、これまた日本が主催国となるサミットの場である。何としてでも、日本は6%削減を達成しなければならず、排出権取引の活用が必要不可欠だ。だが、未だに、日本国内には排出権取引所さえないのだ。
日本の状況に、他国が付けこまないと考えるのは甘いであろう。2008年のサミットで、環境対策の遅れている国々への支援策や、目標値未達成の国への罰則なども話し合われるだろう。
そのとき、削減を求められていない環境汚染大国の中国やロシアは、自らの非を棚に上げこぞって日本の未達成を批判し、日本の優秀な環境技術と経済支援を事実上無償で引き出すべく暗躍するだろう。そうした事態に対処するためにも、排出権取引への本格的参入をはからなければならない。
だが、塩崎恭久官房長官は、排出権取引所設立は、民間が主体となって進めていくべきだとの考えだ。環境問題は経済的にも政治的にも、21世紀の日本の命運を決する。排出枠が政府間の国際会議で決められていく事実を見れば、これこそ21世紀の国際経済の在り方を規定するルールであり、国際金融問題やODAと同じく、政府が主導すべきものだ。政府は民間に任せて傍観してはならないのであり、官民一体で国力を傾注して対処しなければならない。
環境技術においては、日本は文字どおり、世界のトップ水準を走る。日本の技術こそが人類を救うと断言してよい。その日本の技術力を最大限抽き出すためにも、国際社会のルールを読み込んで活用する政治的知恵を磨くときだ。