【特別対談】中川昭一vs櫻井よしこ 「 日本は『言葉だけの国』ではいけない 」
『週刊新潮』 2007年2月22日号
日本ルネッサンス 第252回
【特別対談】中川昭一vs櫻井よしこ 「 日本は『言葉だけの国』ではいけない 」
櫻井よしこ 高い支持率で発足した安倍内閣は攻めの一手かと思いきや、意外にも防戦のイメージが強いですね。党のブレーンである政調会長のお立場から、安倍内閣の四カ月間の歩みをどうご覧になりますか。
中川昭一 まず小泉内閣のバトンを引き継がなければなりませんから、本当の安倍カラーが出てくるのはこれからでしょう。たとえば改正教育基本法は成立したが、これから学校教育法、学習指導要領や教員の待遇の再検討という肉付けをしていくことになります。
櫻井 小泉さんのやり残した課題の中で注目されたのが道路特定財源の見直しで、安倍首相のやる気を示すハードルと見られていた。ところが、揮発油税一般財源化など、内容が後退したと見る向きもあります。
中川 いや、揮発油税、石油ガス税についても、今後取り組むわけです。出発点として、「本当に必要な道路は今後も造る」「納税者の理解を得る」「税率を下げない」、そして「特定財源化をやめて一般財源化する」という四つの命題がある。それを全部百点にするのは無理なことで、道路はもう造らないという立場からも不満だろうし、逆に、道路はもっと必要という立場からは特定財源でなくなるのは心外でしょう。開き直りに聞こえるかもしれないが、四つの命題を前提にすれば両方から怒られるのは仕方ないかなと思います。
櫻井 それでは国民の支持は得られない。それにしても安倍総理の場合、教育基本法も防衛省への昇格も評価すべき実績がありながら、負の側面が注目され、支持率低下に結びついています。国民との意思疎通がない。自民党の広報もまずいのではありませんか。
中川 仰るとおりです。総理の口から良いタイミングで良いフレーズが出るかどうかが重要で、現在はそういう「説明する権利」をきちんと行使できていないんです。ただ、一月三十日に東京地裁で判決が出た中国残留孤児の裁判に関しては違いました。裁判で最高裁まで争っていては、皆さんご高齢だし時間もかかりすぎるという総理の決断で、給付金などの新支援策を打ち出すことになりました。それを地裁判決の日に、総理自ら決断、発表したんです。
櫻井 翌日、残留孤児の代表の方たちが官邸にいきましたね。司法判断は地獄だったが、総理と会って天国のような気がすると。
中川 涙を流して、喜んでいただいた。
櫻井 惜しむらくは、あの機会をもっと利用すべきでした。安倍総理が掲げる「戦後レジームからの脱却」は、日本が一方的に悪い戦争をしたという偏った意識から抜け出し、もっと公平に歴史を見ようということだと思います。なぜ残留孤児が生まれたかと言えば、一九四五年八月九日、満州に一方的にソ連軍が侵攻、百五十五万人もの日本人が追われ、強姦され、殺され、家を焼かれた。その中で子供の命を救うために断腸の思いで現地の人に預けてきたわけです。戦後教育では、関東軍が国民を守らなかったせいだと教えられたけれど、本当はソ連軍が中立条約を破って攻め込んだ結果だった。政府の力も足りず残留孤児の方々には長年苦労をかけましたが、国民の皆さんにはなぜこの悲劇が生まれたか知っていただきたい、あの時、総理がそうお話しになれば、生きた歴史教育になったと思います。
中川 私の地元・北海道でも、北方領土を次々に占領したソ連軍がやがて北海道にも侵攻してくると聞いて、皆逃げ出す準備をしたんです。殺され乱暴されるかもしれないと。戦争が終わった後に北方領土を占拠したうえ、ソ連は北海道を二分して占拠しようとまでした。ソ連の行為は、国家が犯した二十世紀最大の国際法違反じゃないでしょうか。
櫻井 にもかかわらずプーチン政権は北方領土は国際法に則って正しく手に入れたと開き直っています。
中川 世界の国々は、自国の国益のためには開き直りも嘘も強弁も、あらゆることをやっています。それが外交なのです。私は日本もそれをやるべきだとは言わないが、世界の平和を希求すれば核も戦争もなくなると言い続ける一部の人たちは歴史的に間違っているし、今の日本周辺もそういう状況ではないと思う。物事を事実に即して見ようとしないのは非常に危険です。
待たれる「海洋基本法」
櫻井 対ロシア外交で、「面積二分案」なるおかしな構想が出てくるのは一体なぜなのか。麻生外相はすぐ否定しましたが、国際社会や国民に誤ったメッセージを送ることになります。
中川 役人が言わせたんでしょう。
櫻井 けしからん役人ですね。責任もとらないのに。
中川 そう。特に外交官は、責任は政治家がとるものだ、議院内閣制だから最後は政治判断だと言って憚らない。だったらこちらにも情報を正確に教えてもらわないと。
櫻井 責任を持たない官僚制度が中心になって進めてきたことの一つに、尖閣諸島問題があります。先日も、中国の調査船が日本の排他的経済水域(EEZ)内で海上保安庁の警告を無視して丸一日調査を続けました。東シナ海のガス田については政調会長ご自身が所管大臣(経済産業相)として深く関わり成果も上がったはずですが、その後、どうなってしまったのですか。
中川 尖閣も東シナ海も、先島沖の潜水艦通過もみな同じなんです。非常識で荒唐無稽な主張でも、それが積み重なると既成事実になってしまう。竹島はそうなりつつあるし、尖閣は今まさに鎬を削っている最中です。東シナ海のガス田について、経産省の責任者はいつも「球は、中国側にあります」と言う。球が返ってこなければ返事を促すべきでしょう。つまり日本は何もしていないんです。私が大臣の時に日本企業に与えた採掘権も、政府はほったらかしにしている。中国の不誠実と同時に日本政府の不作為も大問題です。
櫻井 天然ガス田問題をざっと振り返ると、中国が尖閣の領有権を初めて主張したのは、一九六八年にECAFE(国連アジア極東経済委員会)がこの海域に膨大な石油やガスが埋蔵されている可能性を報告した後のことでした。明治時代の一八九五年に尖閣が日本の領土となって七十年以上、中国は一度も領有権を主張しなかったのに、経済的利益が見え始めた途端に自国領だと言い始めた。そして九二年、彼らは領海法を制定して尖閣諸島は中国領だと宣言。この間の七八年、百隻もの中国武装漁船団が尖閣に押しかけた時、鄧小平は「このような事件は二度と起こさない」と日本に約束しました。けれど、九六年には日本側の灯台設置をめぐって、銭其深外相が「日本が同島に関して二度と事件を起こさないことを希望する」と言ってきた。十八年の間に、全く立場を逆転させたわけです。その後も、二〇〇〇年には河野洋平氏が、事前に通告すれば中国船が日本のEEZ内で調査しても構わないという信じ難くも愚かな譲歩をして今日に至っている。この流れを作ったのは外務官僚で、それに乗ったのが親中派の政治家です。今こそ政治家の意思で状況を逆転させなければならない。国家として与えた採掘権を行使させなければ、日本は言葉だけの国で、決して行動しない国だとして世界から足元を見られます。
中川 鉱業権が行使できないのには、日本の作業船に中国側が何かしてきた時、現在の法律では守る手だてがない、という事情もあるんです。いま我々が超党派の議員立法で準備中の海洋基本法が通れば、多少は対応できる。だから是非、超党派で国益を考え、海洋基本法を成立させたい。加えての問題は、作業を始めるには漁業者との調整など事前の手続きが必要なのに、それすらできないんです。
「核論議」の必要性
櫻井 理由は、日本の国益より他国の国益を考えるような親中派議員・官僚が邪魔をしているからですか。
中川 確たる証拠はありませんが、鉱業権を持つ会社が政府の支援さえあればやる気なのにできないとなれば、やれない理由、圧力があるということでしょう。ただ、党としては私直轄の委員会を立ち上げ、海洋基本法は案文までできています。拉致問題も含め、粛々と進めているところです。
櫻井 拉致問題で政調会長や総理がなさってきたことを、対中外交にも応用できればと思います。北朝鮮に対しては、通常の法執行で大きなダメージを与えました。朝鮮総連の傘下団体「科協」本部への踏み込みとか元幹部の逮捕で、北朝鮮をかなり追い詰めてきた。表は微笑、裏は牙の中国外交と同様、中国に対して日本も微笑をたたえながら独立国家として為すべきことをする。例えば、我が国固有の領土である尖閣諸島に自衛隊を駐留させる。周辺海域に自衛艦を派遣する。その上で、中国との交渉に臨めばいいと思うんです。
中川 微笑も必要ですが、尖閣や東シナ海、衛星破壊ミサイルなどについては中国側に厳然と非があるわけですから、時にはバンと机を叩くことも必要でしょう。私もWTO(世界貿易機関)の貿易交渉などで、アメリカ相手にずいぶん机を叩きました。中国は今、百年前のドイツと同じく、「平和的台頭」という戦略をとっていると思います。二〇〇八年の北京五輪や一〇年の上海万博が終わるまでは平和の旗を掲げながら、一方で、想定以上の軍事力増強を進めている。今まさに中国は、史上初めて大陸国家から海洋国家に変身し、彼らが批判していたはずの「覇権国家」たらんとしている。その集大成の時期に、一方では五輪や万博で平和友好をアピールする。これは胡錦涛や江沢民が極めて戦略的にタイミングを合わせた結果かもしれません。ただ、綻びも出始めています。衛星破壊実験の実施を、中国の外交官は知らなかったと言われていますね。
櫻井 外交と軍事との噛み合わせの悪さが目立ち始めているわけですね。とはいえ、覇権国家を目指す中国に、日本がどんな構えをとるべきか考える必要があります。北朝鮮が核を持ち、イランも持とうとしている。NPT(核不拡散条約)体制が事実上崩壊した中で、日本は非核三原則に固執し、核の持込みについての防衛大臣の言葉も迷走しています。その中で、たった一人、中川さんが「核論議」の必要性に言及されている。
中川 日本では、なぜか憲法や非核三原則を最終目的とする雰囲気がありますが、真の最終目的は日本の平和と繁栄でしょう。憲法だってそのためにある。日本が戦争に巻き込まれる危険性は、ここ数年とみに高まっている。日本に向けて核ミサイルが発射される事態を未然に防ぐには、外交も大事だが日米同盟など安全保障の問題は非常に大事です。だからこそ、NPTや日米安保条約、日米原子力協定などの枠組みの中で、日本はいかに平和と安全を維持していくか議論しましょうと言いたかったんです。
「情報戦」に無防備な日本
櫻井 「持たず、作らず、持ち込ませず」に、「議論せず」「考えさせず」が加わり、中川さんが仰るように非核五原則になっていますね。残念なのは中川さんを支援する議員がいないことです。自民党はなんと覇気のない政党になったことでしょう。
中川 個別に会うと皆さん「同じ考えです」「頑張って」と応援してくれるし、頂いた約二千通のメールや電話、ファクスの大半が、議論自体を否定するのはおかしいというご意見でした。ただ、強調しておきたいのは、どんな状況でも日米安保が大きな柱だということ。先日、シーファー駐日大使とヒル国務次官補の訪問を受けた時も、私は敢えて冒頭と最後に二度繰り返しました。
櫻井 日米安保条約の核抑止力を機能させるためにも、日本の核保有についてきちんと論議すべきですね。
中川 そうです。従来、アメリカの「核の傘」があるのだから余計なことは必要ないと言われてきたが、核の傘は実際どのように機能するのか、核搭載艦船の領海通過や緊急の人道的寄港も認めずに本当に機能するのか? アメリカだって自国の国益のために日本を守り、核の傘を出すわけです。普段は核を絶対悪のように扱っておきながら、必要な時だけ核の傘を出してくれとは、胸を張って言えるものではないですね。
櫻井 理解してもらえませんね。もうひとつ、非常に重要なのが、「情報」による戦いです。中国は、慰安婦問題などの対日ネガティブキャンペーンを欧米で何十年来続けてきて、今も゛南京大虐殺″を事実とする映画が複数製作されている。こうした、情報戦に対して日本はほとんど無防備です。情報力を高めることは、政府の最大の課題ですね。
中川 ここ数年、中国や韓国がアメリカ国内とりわけ議会や政府に積極的に働きかけているのに較べて、日本側の対応は非常に貧弱です。唯一、頑張ったのは、横田めぐみさんの拉致映画ですけれども、あの件には日本政府は全く関係ない。
櫻井 拉致議連と民間の力ですね。
中川 横田滋さんも「映画の撮影で、とてもくたびれた」と仰っていましたが、そういうご本人たちの努力を、アメリカ側が受け入れてくれた結果でした。いわゆるロビー活動ベースでは多勢に無勢の状態ですね。
櫻井 安倍総理の「情報通信省」構想を、最大限の力で進めるべきです。
中川 情報収集・分析には長年の蓄積が非常に重要です。日露戦争でバルチック艦隊に勝てたのも、何百年も植民地経営を続けてきたイギリスの諜報能力を利用できたことが大きい。逆に、いくらシステムと人間を配しても一朝一夕には機能しない。そこに参加する役人が今までと同じ意識でいる限り、結局税金のむだ遣いになる。総理もその辺を熟慮しているでしょう。
櫻井 最初から中身のある組織にすることは難しくとも、とにかく形にする必要はあります。予算をとったり組織を作るのは、いつ頃可能になるのでしょう。
中川 今国会中にも、日本版NSC(国家安全保障会議)の体制づくりに着手します。二〇一〇年以降、中国を軸に東アジア情勢が大きく動くかもしれないという危機感を多くの方が持っている。そこまで引き延ばすことができれば我々の勝ちだ、と思っている国も確実にある。一刻も早く手を打たなければなりません。
「二〇一〇年」までが勝負
櫻井 日本一国で中国と競いあうことは難しいわけですから、自由主義や民主主義などの価値観を共有する国々との連帯が大事です。先日、こんな話を聞きました。森内閣の時に、インドが、国内三十三の港の整備を全部やってくれと言ってきた。ところが、日本は断ってしまったというんですね。日印関係強化の好機を見逃した。森内閣とは対照的に安倍総理は日印関係強化に積極的です。潤沢な日本の外貨準備を使って、インドのインフラ整備を支援して、日本企業にも引き受けさせるなど、今でもいろいろ手を打てると思います。
中川 中国は上海協力機構の設立やASEAN諸国との連携だけでなく、アフリカにも極めてアグレッシブに働きかけている。かなり微妙だけれども、ロシアとも首脳の行き来がある。そうしたアジア情勢の中で、アメリカやヨーロッパと同様、自由民主主義・法治国家などの基本的価値観を共有するインドの存在は、日本にとって極めて大きい。インドのような国との同盟を強めていかないと、日本は中国に包囲されてしまう。朝鮮半島や台湾もどうなるかわかりませんからね。
逆にインドから見ても、中国のプレッシャーは依然として強く、お隣のパキスタンも気の許せない存在だし、ミャンマーも完全に中国のパートナーになった。マラッカ海峡に入る手前にあるミャンマー領のココ諸島は、すでに中国の軍事基地になっています。
櫻井 中国に対して、日本が拠って立つ民主主義や人権、法の支配などの価値観をもっと強く打ち出すべきではないですか。
中川 身勝手な領海法制定をみても、俺の物は俺の物、他人の物も俺の物というのが中国の政略。まさに「中華思想」そのものです。彼らが弱体だった頃は覇権主義はけしからん、互恵平等だと言いながら、十分力をつけると豹変する。中国には徳とか仁の思想があって「衣食足りて礼節を知る」はずだったのに……衣食足りたら、「我は中華なり」ですからね(笑)。
櫻井 安倍政権の外交政策を一言でいうと……。
中川 極めて戦略的ですね。価値観を共有する地域との関係を強化しようとNATOを訪問した。これは、戦後外交の中で大きな一歩です。また、同じ意味で大事な国オーストラリアを積極的に引っ張ろうとしている。プーチン大統領とも会談し、安倍外交は一定の成果を上げていると思います。
櫻井 一部では、ポスト安倍の話も出ています。二期六年の、その次は中川昭一総理大臣、という声もありますが。
中川 それはないです(笑)。私と安倍さんとは基本認識、戦略価値観を共有できていますし、時間のない中で今やるべきことをやっておかなければならない。この緊急時に判断を誤ると、本当に、日本の未来に禍根を残しますから。二〇一〇年までが勝負です。
(一部敬称略)