「 産卵の危機だけは回避か 釣り業界と政治圧力が妨げるブラックバス駆除問題の行方 」
『週刊ダイヤモンド』 2005年2月5日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 578
環境省が、日本の生態系保護と政治圧力のなかで揺れている。
2004年5月に成立した「特定外来生物被害防止法」は、日本全国の河川や湖沼池に密放流されたブラックバスの駆除を主目的としてつくられた。にもかかわらず、引きの強さで釣り人に人気が高く、釣り具の売り上げにつながるブラックバスを駆除の対象からはずそうと、釣り業界が中心になって政治家たちに働きかけてきた。彼らはよほど巧みだったに違いない。前述の被害防止法の対象となる外来生物を選定する1月19日の小委員会で、なんと、ブラックバスが対象から半年間、はずされたのだ。ブラックバスは食欲旺盛な肉食魚で、鮒やわかさぎ、鮎などのおとなしい日本の魚を食べ尽くしつつある。その結果、水中の生態系が大きく損なわれてきた。10年以上この問題に取り組んできた写真家の秋月岩魚氏が説明した。
「人間は水中で進行中の変化を日常目にするわけではありませんから、なかなか被害に気づかない。獰猛なバスが日本の魚を食い尽くす状況は、日本の野や山にライオンが無数に放たれて兎や山猫、鹿、狸などを食い尽くして跋扈(ばっこ)するのと同じです。陸上の人間が気づかないあいだに水中で日本固有の種が滅ぼされ、生態系が崩されつつあり、一刻の猶予もできないのです」
にもかかわらず、小委員会はただちに規制するのでなく、半年間先延ばしの結論を出した。釣り業界とブラックバスの驚くべき関係について、秋月氏が語った。ブラックバス駆除の必要性を説く氏には「あなたの目玉で美しい自然が二度と見られなくなるぞ」との脅迫状が送り付けられている。
「ある大手釣り具メーカーとブラックバスのあいだには、明らかに関係があるとしか思えません。その釣具店が新たに支店を出した地域の水域には、それまでいなかったブラックバスが、一年か二年すると必ず姿を現すからです」
ブラックバスの生息水域がほぼ全国に広がったのは、違法かつ組織的な密放流が原因だと断ぜざるをえない。魚自身が湖から湖へ、異なる水系の川から川へと、かくも大量に飛んでいくことはないのであるから。
日本の自然の生態系を破壊する密放流と外来魚の繁殖を今すぐに食い止めなければならないのだが、小委員会の議論では、一時は一年間野放しにされかねない状況だった。それが最終段階で半年間の先延ばしに変化したのは、良識派が巻き返したからだ。釣り好きの議員らがつくる釣魚議員連盟の平沼赳夫氏が説明した。
「明らかに業界の働きかけが浸透していたのです。しかし、日本の自然環境を保護する立場の環境省も、外来魚の被害を放置してよいとはもともと思っていない。私は、今回の決定の『半年間』に意味があると考えます。ブラックバスの産卵は六~七月ですが、放置すれば何十万尾という稚魚が生まれ、新たな害が広がります。その産卵時期までに駆除を実質的に行なえるようにするのが『半年間』のひと言です」
平沼氏や桜井新議員らと対立するかたちで、バス駆除反対勢力にも有力議員らが加担している。今回の小委員会の結論は、その反対勢力を無視できないなかで、次の産卵による増加を許さないとの立場をかろうじて貫いたのだ。
産卵という直近の危機はとりあえず回避できる可能性に加えて、小池百合子環境大臣が異例の異論を述べたのは力強い限りだ。小委員会の結論は(釣り業界などの)利害関係者が入った段階でのもので、最終判断は政治家が行なうという正論だ。だが、生態系を破壊して恥じない議員や業界人の巧みな働きかけはまだ続くであろうから、油断は禁物だ。次世代に美しい日本の自然と生物を残す責任を忘れてはならない。