特集 「 緊迫の海域『尖閣諸島』を視た! 」(前編)
『週刊新潮』 '04年12月30日、'05号1月6日号
日本ルネッサンス[拡大版] 第147回
日本列島の周辺海域はいまや緊迫の海である。
東シナ海は96年以降中国の実効支配が確立されたと言われる程、中国海軍所属の軍艦や海洋資源調査船の活動が著しい。だが、中国側の動きは今や急速に日本の太平洋側に拡大され、現に沖ノ鳥島周辺で、中国船の海底及び資源調査が活発化しつつある。
たとえば、調査船向陽紅14号は04年1月9日、沖ノ鳥島の北方海域でワイヤーを吊り下げ音波を発振しながら漂流した。海底の地形、潮流、水温などを調べたとみられる。いずれも資源探査と潜水艦の航行に欠かせない重要情報である。台湾有事の際には必ずこの海域を通過するであろう米空母の展開を予測するためにも、同海域の情報は中国海軍にとって必須である。
さらに2月に入ると東方紅2号が、先の海域の南側接続海域で、漂流しつつ同様の調査を行った。東方紅2号は2月29日、3月2日、3月4日、3月7日の4度にわたって調査を繰り返した。
5月11日、またもや向陽紅14号が姿をみせた。今度は沖ノ鳥島にぐっと近づき、島の北側で調査を開始。だが、今回は漂泊はせずにワイヤーを引っ張り音波を発振し航行しながらの調査である。
7月12日、向陽紅9号が沖ノ鳥島の南側で調査。12月7日、科学1号が向陽9号が調査した海域の南側、南鳥島の海域を調査。これら全て、日本のEEZ内で行われた。明らかな国連海洋法違反である。
現在沖ノ鳥島周辺で進行中の事態は、実はすでに東シナ海で行われてきたことだ。80年代から中国は東シナ海へと目に見えて進出、90年代には活発な活動を展開した。そしていま、中国は東シナ海で日本が主張する中間線からわずか3海里(4.8キロメートル)中国側に入ったところで春暁石油ガス田の開発に着手した。採掘した天然ガス輸送用のパイプライン敷設工事が始まったとき、中国側は論評したものだ。「日本の朝野が悔やんでもどうしようもない」。それほど春暁石油ガス田の開発は実質的段階に入ったのだ。
片や日本政府は東シナ海での調査を抑制し続けてきた。資源調査を申請した民間企業に40年近くも許可を与えず、ひたすら中国に遠慮した。一体、東シナ海はどうなっているのか。東シナ海の現実を知ることなしには、日中関係の現状も、中国側の意図も正しく読みとることは出来ない。逆に東シナ海の現状こそが、中国の意図を明示する。そこで私はこの海域を上空からしっかりと視てきた。
海上自衛隊のP3Cから見た東シナ海は、海洋権益について圧倒的に有利な中国の立場をそのまま絵にした海になっていた。都合4時間のフライトで視た海は、日本が多くの切迫した課題に直面していることを警告し、全力をあげて対処せよと告げていた。以下は12月13日の東シナ海の現実である。
わがもの顔の中国調査船
14時丁度、P3Cで那覇空港を飛びたった。前日の烈しい雨とはうって替わっての晴天だ。機体は慶良間諸島を左手にしながら高度を上げる。海原が輝き、濃紺の海に海底の珊瑚のせいか、ミルク色を帯びた美しく明るい青色のスポットが点在している。
14時15分、一見平和な佇まいの海上で突然、船影がレーダーに写し出された。中国の海洋調査船科学1号である。12月7日以降、南鳥島海域で調査活動を展開したあの問題の船だ。
14時24分、P3Cは、肉眼で識別出来る距離まで科学1号に接近した。4,500トン、黄色の船体、3本マストの船だ。ワイヤーを引っ張っている様子はない。北西方向に航行しているところから、調査任務が終了して中国に引きあげる途中であろう。東シナ海で中国の調査船を見かけるのは、日常茶飯になってしまったそうだ。
14時47分、下地島を確認、下地島は宮古列島のほぼはずれに位置し、3,000メートルの滑走路を持つ。立派な空港にはたった1機が滑走路の端にポツンと駐機していた。殆ど活用されていない様子だ。尖閣諸島に近いこの島の滑走路を自衛隊が使用出来れば、日本の領土の護りは現状よりもずっと迅速に行える。現在は、中国船による侵犯事件が発生すると、自衛隊機は軍民共同使用の那覇空港から飛び立ち約40分かかって尖閣上空に到達する。だが、下地島から飛び立てば時間は大幅に短縮され、より適切に危機に対応出来る。しかし、下地島の空港を管理する沖縄県は強烈に反対する構えだ。
14時59分、下地島上空から石垣島上空に到着。尖閣諸島まではまだ遠い。
視察に同行していた杏林大学教授で中国問題の専門家、平松茂雄氏が指摘した。
「那覇から尖閣諸島までの距離は約420キロです。中国福建省からも、台湾の花蓮からもほぼ同距離です。福建省にはスホイ27戦闘機が、花蓮にはミラージュ戦闘機が配備されています。いずれも最新鋭の戦闘機で性能が極めてよい。ひるがえって沖縄の自衛隊が持っているのはF4ファントムです。30~40年も前に活躍した戦闘機で、古いというよりクラシックに近い。つまり、尖閣諸島の位置する東シナ海の制空権はもはや日本にはないということです」
15時05分、中国がその空までも実効支配する東シナ海を進んで西表島が見えてきた。大きく緑深い山々が連なる。意外な程の人家が散在する。西表島を見ながらP3Cは防空識別圏の限界に向かって西へと進む。
15時15分、タンカー発見。P3Cの隊員が即座に日本郵船のタンカーだと識別。驚くほどの遠距離から船の形と煙突の上のマークを読みとったのだ。
15時17分、与那国島上空を目前にP3Cは西から北へと緩いカーブを描きながら方向転換した。自衛隊機が与那国上空を飛ばないのは、同島が日本の防空識別圏のに位置しており、近づくと日本側の管制塔のみならず、台湾側も緊張するからだ。最悪の場合は台湾側を刺激して警告の緊急発進(スクランブル)をかけられる危険性もある。そのような事態を避けるため、P3Cは手前で方向転換するのだ。
国際法違反が罷り通る海
15時35分。ついに尖閣諸島が姿を現した。最も大きい魚釣島と南小島と北小島が見える。P3Cが高度を下げて魚釣島上空を旋回した。回り込むと、南小島の沖に尖閣諸島を守っている海上保安庁の船がいた。
映像や写真で幾度も目にしていた魚釣島だが、眼前に見れば山は思いの外高く、深い森が広がっている。水は豊かだろうと想像出来る。ここにはいま、繁殖した山羊が100頭余りにも生棲するというが、彼らが生きのびていく十分な環境があるのだ。かつて200人余りの日本人が働き、暮らしていた魚釣島には当時の名残の建築物の跡が見てとれた。島の平地につながる水路、その先の灯台もはっきり目視出来た。
魚釣島の少し先に久場島も姿を見せた。小振りで穏やかな佇まい。思わず住んでみたくなる。黄尾島とも呼ばれ、石垣島よりも緯度で1度半北にあるが、台湾の東側を流れる熱帯海流のおかげで平均温度は高い。3つの小さな山のような隆起地があり、いずれも頂上が凹地になっており、雨水がたくわえられるのか、植生は極めて豊かに見える。海鳥が群生し糞で島全体が肥沃な地となっているのだ。孤島であることが幸いして日本固有の種が今も多く残されているそうだ。
16時08分、海原に海自の護衛艦「おおよど」を発見。2,000トンの白い船体が頼もしく思える。おおよどは通常の警戒監視行動についているだけなのだが、こうして日本の海上自衛隊の船がこの海域にとどまることが、いま、非常に重要なのだ。自衛隊のプレゼンスをこの海域に示すことによって、日本の領海もEEZも、日米政府は断固として守るという国家意志を、中国はじめ諸国に示すことが出来るからだ。中国側は資源調査の時にもしばしば海軍の軍艦を繰り出して日本側に睨みを効かせる。のみならず他国のEEZに鉱区を設定し、資源探査の権限を米国などの企業に売る。そして92年5月に南シナ海南沙諸島で行ったように、外国企業による探査作業の安全を中国海軍が保障するとの一項を契約書に入れさえもする。まさに軍事力で他国の海洋権益を奪いとるのが中国の現行政策だ。
そのような国際法違反が横行する海におおよどがプレゼンスを示すのは当然だ。但し、日本の極めて特殊な事情によって護衛艦のおおよどは手足を縛られた状態で、実際には違反船の取り締まりも出来ない。それでも出来ることはある。たとえば、中国の違法調査船に問うことだ。
「ここは日本の海だが、貴艦はその事実を承知か」「貴艦が行っているのは資源探査活動か」「資源探査活動は国際海洋法違反であることを承知か」などと、是非、中国の船に質してほしい。軍艦が尋ねるのだ。それだけでも多少の抑止にはなるだろう。自衛隊を縛る現行法は馬鹿々々しい限りのものが多いが、質問するだけなら、その馬鹿々々しい法にも抵触はしない。おおよどに頑張れと声援を送りながらさらに北上した。
16時38分、平湖が見えた。石油と天然ガスを上海に送り、この井戸一本で上海の家庭のエネルギー需要を賄っているといわれる平湖石油・天然ガス田のプラットホームは3階建だ。オイル・リグの上にはヘリポートがある。人員、食料、水など全ての運搬に使われるのであろう。3階の煙突から炎が出ているのは、余剰の天然ガスを燃やしているのだ。少し離れたところにオレンジ色の支援船濱海(ビンハイ)がいる。平湖のプラットホームでは、数百人が働いていると専門家は推測するが、建物の中の様子はわからない。P3Cが近づいても、特別の動きは見られず、数人の作業服の男たちがこちらを見上げる姿が確認されただけだ。
最終段階の「春暁」開発
16時53分、春暁石油天然ガス田群上空に到達。平湖と異なり、春暁は4つのガス田、春暁、天外天、残雪、断橋からなる。見えてきたのは、天外天石油・ガス田だ。大小2つのプラットホーム、小さいほうは掘削井戸用、大きいほうは掘り出した資源を水と油に分離する処理施設用だろう。
プラットホームにはクレーン船が横づけにされ、350トンクラスの小振りの船が3隻いた。9月末に春暁ガス田群を共同開発してきた英国・オランダ系のメジャー、シェル石油企業と米国のユノカル石油企業が事業から撤退し、天外天の工事も中断されていた。クレーン船が姿をみせたのは2か月半振りだそうだ。クレーン船はパイプを打ち込むための船で、この船の再登場は、いよいよ中国が国際メジャーの力を借りずに自力で採掘及び処理施設を建造するということだ。
「98年に操業を開始した平湖も、当初は米国系メジャーのテキサコが合併を組んでいました。結局、途中で解約しましたが、中国はその後、自力でやり遂げています。天外天でも中国は自力でやり遂げるでしょう」と平松教授は語る。
天外天の施設は平湖より遙かに巨大で、春暁、残雪、断橋の各石油ガス田の中枢機能を果たすと思われる。各ガス田の資源がここで処理され、上海や寧波に送られる。寧波には中国海軍の東海艦隊司令部がある。「日本の朝野が悔やんでも、どうしようもない」という中国側の嘲りにも似た言葉が否応なく浮かんで来る。中国圧倒的優位の海の、これが現実である。
17時00分。春暁確認。人影はない。ただ沈黙のうちに、春暁は開発の始まりを待つだけだ、準備は整っていると自信満々に告げているかのようだった。
17時05分。幾隻もの漁船が姿を現した。日本のEEZ内で漁をする中国のトロール漁船は優に100隻。日本の漁船は1隻もいない。中国の漁船のみが漁業資源を持っていく。漁業からみても、東シナ海はまさに中国の海になり果てている。
17時10分。ラムフォーム・ビクトリー号を確認。日本政府が雇ったノルウェーの3次元調査船だ。黄色と赤に塗り分けられた船体はひと際目立つ。船尾の幅は約80メートル。目視出来るだけでそこから12本のロープが出ていて、測量機器を引っ張っていた。船尾からロープにつながれた測量用機器が広く長く扇形に広がり、整った波を海面に立てている。中国船が調査の邪魔をしないように、8隻の日本の船が同号を遠まきにして護衛していた。
中国が資源輸送用のパイプラインを建設し始めたいま、日本はようやく資源調査を行っている。この落差は大きく、まさに悔やみようがない。しかし、国際法も国際社会の常識も日本の立場を支持している。勝負はこれからだ。政治力を磨き、自衛隊のプレゼンスを最大限に活用し、国民のために日本の海洋権益を守ることを諦めてはならない。
18時03分。P3Cは那覇空港に着陸。のどかな沖縄の風景が広がる。こののどかさ、平和な佇まいを護るためにこそ、強い政治の決意と、それを支える十分な防衛力が必要だと痛感したフライトだった。
(以下次号)