「 台湾総選挙結果を甘く見るな 中国の侵攻を抑止するに足る軍事能力を日米台で築くとき 」
『週刊ダイヤモンド』 '04年12月25日/'05年1月1日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 573
12月11日に行われた台湾総選挙では、陳水扁(チンスイヘン)総統の民進党は念願の過半数を制することが出来なかった。同党の獲得議席は89、陳政権を支持し、かつ、強力に独立を唱えた李登輝前総統の台湾団結連盟は12議席にとどまった。両党合わせて101議席は野党の国民党と親民党の合計113議席に及ばず、陳政権はこのままいけば、第2期政権の4年間、引き続き少数勢力に甘んじなければならない。
台湾の今回の選挙の持つ意味は、台湾のみならず、日本の将来にとっても非常に深刻である。だが、日本側は押しなべて、台湾人の“バランス感覚”が働いたとの受け止め方だ。なかでも台湾に近い沖縄の有力紙「沖縄タイムス」は、社説で「(台湾は)絶妙なバランス感覚を見せた」と解説した。私は絶妙なバランスどころか、きわめて危うい選択だと懸念している。
台湾と日本の近海に広がる中国の侵入行動を見れば、今すぐに台湾も日本も手を打たなければならないのは明らかだ。にもかかわらず、過半数を制し切れなかった陳政権は、中国に対処するのに必要な軍事予算を通すことが、これで当面出来なくなった。
台湾を取り囲む海の状況を見てみよう。11月10日早朝に日本の領海を侵犯した中国の原子力潜水艦事件によって、彼らが東シナ海で自在に活動していることが巧まずして明らかになった。中国が潜水艦を展開させて東シナ海を事実上中国の海にしようとする意図は、地図を広げれば一目瞭然だ。台湾有事の際に、米国の空母に邪魔をさせないためである。
台湾有事の際、米国はまず横須賀から空母を派遣するだろう。同空母は、大隅海峡やそのさらに南の南西諸島のあいだの海峡を通って東シナ海に入ると見られる。だが、中国の潜水艦が東シナ海やその周辺に展開していれば、空母は同海域に近づくことができなくなる。潜水艦がミサイルを発射して攻撃すれば、空母は致命的な損傷を受けかねないからだ。
米国はグアム島からも空母を派遣するだろう。そこで、グアムから台湾に向けて線を2本、台湾の北部と南部に向けて引いてほしい。すると、そこに細長い三角形が出来る。台湾有事で派遣される米空母が、台湾の北、あるいは南を回り込んで進むとすれば、太平洋のこの海域の安全を確かなものにしておかなければならない。ところが恐ろしいことに、同海域こそ、今、中国海軍が潜水活動を活発化させている場所なのだ。中国は台湾侵攻に備えて、米空母の動きを封ずるために訓練を重ねていると見てよいだろう。
ブッシュ政権は台湾に、潜水艦8隻をはじめとする最新鋭の装備の売却を了承した。中国の潜水艦能力に対処するためである。陳総統はその購入費の了承を議会に求めたが、選挙前に野党の反対で同予算案は否決された。そしていまや、選挙に敗れた陳総統の予算案はとうてい、成立しないだろう。有事の際の頼みの綱である米空母と米軍の到来を担保する海域の安全を、台湾は失いかねない状況だ。
万が一台湾が中国の支配下に入れば、日本も危うい。尖閣諸島や春暁ガス田問題以上の危機に直面する。だからこそ、台湾総選挙の結果を他人事のように“絶妙なバランス感覚”などと言ってはいられないのだ。
米国はこうした危機を察知し、11月のワシントンでの日米審議官級協議で、台湾有事に備えて軍備を含めた日米協力についての協議を開始したいと申し入れた。この申し入れに、なんと日本側は明確な回答を避けた。日本政府のこの感覚の鈍さと情報分析力の欠落が、日本にとって致命傷になりかねない。台湾の安全を担保し、中国の軍事力による侵攻を抑止するのに十分な軍事対応能力を、日米台で築くときだ。