「 他人事ではない台湾の総選挙 中国の覇権主義と膨張を防げるか否かを占う分岐点に 」
『週刊ダイヤモンド』 2004年12月11日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 571
12月11日に行なわれる台湾の総選挙は、他国のこととは思えない。明らかな覇権主義の国、中国の最大、緊急のターゲットが台湾であり、東シナ海をはじめとする日本の海に眠る海洋資源獲得である。中国の覇権主義と膨張を防ぎうるかどうかを占う重要な分岐点が、台湾の総選挙だ。
3月20日の総統選挙では、陳水扁(チン・スイヘン)総統が文字どおり辛勝した。得票数は約六四七万票で、対立候補連戰(レンセン)氏との差は三万票に充(み)たなかった。連戰氏は選挙に不正の疑いありとして提訴、選挙は有効であり陳総統の勝利は確定したとの司法判断が下されたが、連戰氏はその判決をいまだに受け容れていない。
総統選挙がスッキリとしたかたちで解決されていないなかでの総選挙だが、最大の焦点は、陳総統の率いる民進党が現在の少数与党の立場を脱して多数与党になれるかどうかである。3年前の総選挙では、民進党は定数225議席のうち87議席を得た。李登輝氏の台湾団結連盟は13議席だった。李前総統は同じく台湾人で、陳総統を支持してきたが、両党で100議席止まりだった。
陳総統に対立する中国派連戰氏の国民党は68議席、同じく中国派宋楚瑜(ソウ・ソユ)氏の親民党は46議席だった。
陳総統はなんとしてでも、李前総統らとともに過半数を取らなければならないが、投票日が近づくにつれ、陳総統が強力な攻めの姿勢を打ち出してきたことに注目したい。
台湾の人びとは、陳総統を“選挙上手”と形容する。李総統が退いた2000年の総統選挙ではとうてい見込みがないと思われていたのが、相手方の分裂で辛勝した。今年の総統選挙は、相手方が2000年の失敗に学び、分裂せずに逆に団結したが、これにも辛勝した。そして今、台湾の歴史において最も重要と位置づけられるであろう議会選挙に直面して、陳総統は非常に強い独立路線を打ち出し始めたのだ。
選挙上手の評価は、陳総統の発言に、そのときそのときによって揺らぎが生ずることも意味している。たとえば今年三月の総統選挙のキャンペーンでは、「台湾の新憲法を制定する」と言っていた。当選後はしかし、新憲法でなく「現行憲法を修正する」と言い始めた。台湾の国名も、総統選挙のときには「台湾」だと言っていたのが、当選後は「自分は中華民国の総統として選ばれた」と発言するようになった。
中華民国は、中国人の蒋介石総統が中国大陸から逃れてきて台湾に中華民国の政府を置いたにすぎず、台湾とは無関係な国名だ。陳総統の発言は、どう考えても矛盾に満ちており、また、公約違反でもある。李前総統は言う。
「陳さんは苦労をしているんだよ。たった3万票弱の票差だから、思い切ったことがしにくいんだ。だから、彼に代わって僕らがはっきり言うよ。台湾は台湾人のものだと」
力不足のときには、なかなか本音で語ることが出来ない。その結果として、発言は一歩前進半歩後退を繰り返す。しかし、台湾の国民は、強大な中国相手では押したり引いたりがあるのが当たり前で、それをうまくこなすのが現実の政治課題だということがわかっているのだ。
今、陳総統は言う。「台湾人は『1つの中国』『1国2制度』を受け容れるのか。その点について国民投票が出来るようにする」(11月20日、高雄市)。「台湾の国名で国連加盟を模索する」(11月14日、基隆市)。
陳総統がきわめて独立志向の強い発言を連発しているのは、そこにこそ民意があると判断しているからだ。陳総統らの勝利は、中国の脅威を実感する日本にとっても大きなプラスだ。台湾総選挙を他人事と思えないゆえんである。