「 中国に自民・民主共同で対処せよ 」
『週刊新潮』 2004年12月9日号
日本ルネッサンス 第144回
日本の海洋権益をどのように守っていくかの問題は、日本の海に侵入してくる中国との摩擦をどう乗りこえていくかにとどまらず、日本国の在り方の根本を問うものだ。
自民党はすでに武見敬三参議院議員を委員長として「海洋権益特別委員会」を設置、10月22日に初会合を開いた。同会合に先立って武見氏らは「海洋権益を守るための9つの提言」を発表したが、その柱は海洋権益関係閣僚会議を設置して、この問題に国家の総力をあげて取り組むこととした点である。
一方、民主党もこれまでに『ネクストキャビネット』(NC)の外務、防衛、国土交通、経済産業の各担当大臣らが5回にわたって議論を重ね、11月30日に長島昭久、細野豪志両衆議院議員らが軸となって「我が国周辺海域における公正な海洋秩序の構築を目指して」と題した中間報告案を出した。まだ「案」の段階だが、見るべき点は多い。
今年3月に尖閣諸島への中国人7人の上陸を許してしまった点について、同案は、背景に「無人島の保護と利用に関する管理規定まで制定して我が国の領有権主張に挑戦している中国」の姿勢があると分析した。中国人の乗った100トンクラスの小船の動きを、日本の海上保安庁の1000トンクラスの船では小回りが効かず阻止出来なかったという技術的な問題以前に、尖閣諸島、領海、領土という大きな問題をどのような視点から見つめるべきかと問うたくだりである。
8月12・19日合併号の本誌でも紹介したが、中国は2003年7月1日に「無人島の保護と利用に関する管理規定」を施行した。この法律は無人島に関する開発や利用計画を民間から募り、その内容によって中国政府が許可を与えるというものだ。ここには、東シナ海をはじめ、中国が自国の海だと主張する海域に散在する約7000の島々のうち6520余りの無人島を、グラスルーツの国民の動きを利用する形で中国の実効支配を固めていく狙いがこめられている。中国も、いま尖閣諸島を軍事力で日本から奪い取ることの愚は知悉している。だからこそ、軍事力ではなく、国民や企業などの〝民間〟の力を使おうというのだ。対して日本政府は尖閣諸島を実効支配していると言いながら、その実、何の手も打っていない。尖閣諸島は実態として空き家に近い形で放置され、必要な防護体制は敷かれてこなかった。中国側にしてみれば、極めて入り易い状況が続いているわけだ。
長島氏らはその点を指摘し、尖閣諸島への中国人の上陸は中国政府の黙認の下に行われたと見るべきであり、今後も一層増加すると予想した。
日中関係、とりわけ尖閣をめぐる動きについて、日本側が忘れてはならないのは1992年の一連の事柄だ。この年に中国は領海法という国内法を定めて尖閣諸島を中国の領土だと宣言、以来尖閣諸島を中国領として描いた地図で、中国の子供たちや国民を教育してきた。中国の若者たちが尖閣は中国の領土だと信じ、同島への領有権を主張する日本人を心底憎む背景には歴史の事実に反することを教えてきた中国政府の教育に責任がある。
92年に重ねた愚
その同じ年、中国政府が尖閣諸島をはじめとする中国の海洋権益を守ることが中国海軍の重要な使命であるとの指示を出したのは周知のとおりだ。中国が多大な予算を注ぎ込んで育ててきた海軍力と海軍軍人は、尖閣を守るために命を賭して戦えと言っているわけだ。
日本はこのとき、大いに怒らなければならなかった。なぜなら、これら一連の決定はそれよりわずか14年前の〝約束〟が反古にされたことを意味するからだ。14年前の1978年、日本は中国と平和友好条約を結んだ。同条約締結を機に、日本の中国への経済援助は本格化したが、その条約締結の際に、日本は尖閣問題はずっと先まで棚上げされると考えた。理由は、尖閣問題はすぐに解決出来なくても、子や孫の世代に平和的な話し合いを通して解決すればよいという鄧小平発言があったからだ。日本側は中国の主張を額面どおりに受けとめたが、中国は一方的に領海法を定めて、〝法律上〟尖閣を奪った。これが92年だった。
このことだけでも承服し難いが、さらに衝撃的なのが、日本国政府と外務省の対応だった。この年、政府は、わが国外交の最大の切り札といえる天皇皇后両陛下の中国御訪問を実現させてしまったのだ。
怒るべきときに怒らず、平和と友好の証しとしての皇室外交を選りに選ってその年に展開してしまった外交判断の愚かさを忘れてはならないだろう。現在の日中関係であの屈辱の92年を繰り返してはならないのだ。
日本の決意を知らしめよ
民主党の「案」は、怒るべきときには怒りつつ、国際法を守りながら真っ当な主張を展開するという点で重要な提言を含んでいる。たとえば、11月10日に明らかにされた中国の原子力潜水艦の動きの分析と対処である。潜水艦の行動は、日本の海洋資源は無論のこと、台湾の併合を念頭に置いた中国の大戦略の一部だとして以下のように分析された。
台湾併合で中国が恐れるのは米国の介入である。米空母が台湾海域に派遣されれば、中国海軍の動きは封じられる。米空母の動きを封ずることが、台湾占拠の第一歩だ。そのためには潜水艦能力の向上が必須だ。その中国に対処しつつ、日本が海洋権益とアジアの民主主義を守るためには、日本こそが中国の海軍力に備えなければならないとする考えだ。
中国の潜水艦は先島諸島の日本の領海(宮古島と石垣島の間)を侵犯したが、民主党案はこの先島諸島海域が防衛の空白海域になっていると指摘する。沖縄本島から約500キロにわたる先島諸島は、宮古島に航空自衛隊のレーダーサイトが配備されているのみである。残りの空白海域を埋めるために下地島にある3000メートルの滑走路を自衛隊にも開放し、中国船への警戒を強めよと提案したのだ。
民主党内には、そのような動きは中国側を刺激するため得策ではないとの意見もある。しかし、〝刺激〟を通りこして日本の国益を損ねているのは中国である。日本がすべきことは、中国側への刺激を回避することよりも、日本の主張を前面に押し出し、日本の決意を中国に知らしめることだ。中国は賢い国である。日本がまともに主張し、侮り難い国であることを示したときにはじめて、まともな反応を示すだろう。その意味で、日本の国益擁護に筋の通った主張を提言した民主党案を評価するものだ。
自民党案と民主党案が出揃ってみれば、両党の考えには多くの共通項がある。外交で党派を超えて一致団結することが可能なのだ。だからこそ両党は、いまこそ、共同で、中国の野望に対処してほしい。