「 いま、全力で中国に物を言え 」
『週刊新潮』 2004年9月23日号
日本ルネッサンス 第133回
去る8月26日、中国の新華社通信の電子版、中国通信が春暁の石油ガス田群の開発でパイプライン敷設工事が始まったと報じ、「春暁の開発は実質的段階に入った」「日本の朝野が悔やんでもどうしようもない」事態に到ったと論評した。
春暁ガス・石油田は東シナ海の日中中間線のすぐ脇に中国が作った採掘井戸である。中間線からわずか4キロ中国側に入ってはいるが、海底のガス、石油層は日中中間線にまたがるのみならず、資源は、日本側の海底により多く埋まっていると見られている。
中国側は5月23日に採掘井戸の建設を開始、それを見た日本政府が7月7日に資源調査を開始したことは過日(本誌8/26日号)報じたとおりである。
だが、それより半月も前の6月22日、中国側は海底パイプラインの敷設工事に着手していた。日本政府はこのことを中国側の発表によってはじめて知った。中国問題に詳しい杏林大学教授の平松茂雄氏が詳細を語った。
「中国政府は春暁の天然ガス及び石油を浙江省の寧波(ねいは)に運ぼうとしており、6月22日に寧波近辺の海中5~6メートルの深さにパイプラインのターミナルを作ったのです。春暁まで全長470キロ、来年5月までにはパイプライン敷設の一期工事が完成、中国海軍の東海艦隊司令部のある寧波と上海に年間25億立方メートルの天然ガスの供給が始まります」
注目すべきは中国側の技術と決意だと平松教授は指摘した。今回使われている船、海洋石油221号はレイバージ船と呼ばれる海底パイプ敷設船である。全長153・55メートル、幅36メートル、高さ9・75メートルで、採掘施設や処理施設を輸送し、大型クレーンで組み立てる能力を備えている。
「同船の基本設計は昨年7月、そして今年3月20日には早くも進水させています。外国の技術を導入していると思いますが、このスピードこそは中国政府の海洋資源開発に賭ける決意を示しています」
「海洋石油221号」という船名にも、中国の決意が反映されているが、ターミナルの建設に彼らは27隻の船団を組んで当たった。船上で新しいパイプを溶接し、重りをつけて海中におろす。パイプは重りを下にして浮いた状態になる。深さ100メートルの春暁ガス・石油田までの間に、何カ所か支柱を立ててパイプを固定することになる。工事自体は高度の技術を要するものではなく、台風の影響を受けるにしても3~4カ月で終了と見られている。次の段階は10月から11月とみられるパイプラインの試運転である。
この事態に日本政府は一体、何をしているのか。閣僚のなかで殆ど唯一人、この問題について発言し続けているのが中川昭一経済産業大臣である。中国は70年代以降、海洋調査船の建造と調査に励んだ。87年には宇宙と深海底の“征服”を国家目標と定めた。日本は中国の意図を探知する努力もせず無策を続けた。日本側海域の海底資源の調査さえも不十分で、中国と対等に渡り合える状況にはない。そのギャップを背負って、中川経産相が9月5日、中国の薄熙来商務相に春暁ガス・石油田に関する地質データを中国側が日本側に提供しないのは不誠実だと詰め寄ったのは、周知のとおりだ。
嘲笑される日本の海洋戦略
2日後の9月7日、中国外務省の孔泉報道局長は春暁ガス・石油田は「完全に中国の近海」での開発であり「日本側の資料請求には何ら道理がない」「日本の主張する中間線について、中国が認めることはない」と突き放した回答を発表した。
国営新華社通信が発行する週刊誌『瞭望東方週刊』の6月の特集記事では、「海洋調査もしてこなかった日本側には、中国と交渉する資格がない」と書かれていた。中国が海洋戦略を展開するのを見ながら手をこまねいてきたのだから、今更何を言うのかと嘲笑されているのだ。
中国の外交専門誌『世界知識』は尖閣諸島はじめ東シナ海に眠る石油資源の量を「1095億トンで、イラクの埋蔵量に匹敵する」と分析した。イラクはサウジアラビアにつぐ世界第二の石油埋蔵量を誇る国だ。それと同じくらいの資源が尖閣周辺の海をはじめ東シナ海に眠っているとの分析である。それは日本にとってかけがえのない貴重な資源なはずだ。にもかかわらず、日本の資源エネルギー庁は「日本のエネルギー消費量の1年分に匹敵する量」だと言う。同庁は96年から99年にかけて二次元の物理探査調査を行ったが、日中中間線の日本側のかなり手前までしか行っていないために極めて不完全な内容だ。にもかかわらず、「日本の消費量の1年分」と言う。中国側の分析とは天と地ほども異なる。東シナ海に関する無策の責任を逃れるために資源量を過小評価しているのではないか。このような姿勢だから、「中国と交渉する資格がない」と言われてしまうのだ。
資源だけの問題ではない
中国は21世紀を見据えて、長期戦略として海洋政策を定め強い国家意思で推進してきた。対抗するには、日本も国家ぐるみでなければ到底駄目だ。だからこそ、参議院議員の武見敬三氏らが中心になって海洋権益関係閣僚会議を設置し政府の決意を明示せよと主張した。しかし、小泉純一郎首相は各省庁の局長クラスを軸にした「関係省庁連絡会議」を作っただけだ。武見氏が憤った。
「細田博之官房長官はこれで勘弁して下さいと仰るが、我々は納得出来ません。そこで、海洋関係特別委員会などすでに党内にある幾つかの組織を一本化して海洋権益特命委員会を作ることにしたのです。委員長は防衛にも外交にも通じている久間章生氏、額賀福志郎氏が最高顧問、関係する部会の部会長全員が副委員長に入ります」
この問題を逸早く国会で取り上げた武見氏が事務局長をつとめ、いわば党をあげて取り組む体制だ。初会合は今週にも行われる。問題は、小泉首相がどこまでこの問題の緊急性と重要性を理解出来るかである。中国の春暁ガス・石油田の開発は、東シナ海をはるかに越えて太平洋まで中国の支配権を打ちたてようとの長期戦略の端緒である。資源を奪われることにとどまらず、国家としての日本が実質的に呑みこまれかねない事態なのだ。日本の将来に決定的に暗い影響を及ぼす中国政府の計画に、日本は断固物を言うべきだ。日本が中国に配慮しても、物言わぬ日本なら中国が日本に配慮することはない。経済的にも軍事的にも、日本の力が中国を上回っているいま、2008年の北京オリンピックを控えて中国が国際世論を気にしなければならないいまこそ、中国の不条理を突く好機だ。今日言わなければ明日はもっと厳しい。「特命委員会」を自民党の枠をこえた超党派の組織とし、小泉政権の対中外交の柱とすべきである。