「 国民年金保険料の引き上げはまず腐った社会保険庁を解散してから論ずるのが筋 」
『週刊ダイヤモンド』 2004年7月3日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 549
厚生労働省が「2003年の合計特殊出生率は1.29である」と発表したのは、年金改革法が成立した6月5日直後の9日だった。このことだけでも、坂口力厚生労働大臣は、担当部署の最高責任者を厳罰に処すべきだった。厚労省の官僚たちが、年金改革の大前提である出生率1.32が達成されていないことを知っており、法案を通すために厚労大臣はじめ、政治家たちを騙したのであるから。
ところが、6月22日になって、じつは1.29という数字は、法案成立の2週間近く前の5月24日にはわかっていたと、厚労省が発表した。統計情報部長の手元には「1.29」の数字が上がっていたにもかかわらず、法案成立後まで発表しなかったことを、厚労省側は「数字の精査などを行なっていた」と説明している。が、そんな言い訳を信ずる人はいない。
「中間報告であっても、数字はきっちり把握できていたはず。官僚の世界で、担当部長のところに上げる数字がすでに厳しい精査を経ていないことなど、考えられません。とりわけこの統計は、厚労省にとって初めて取り組む統計ではなく、これまでも手がけてきた統計ですから、“中間報告”はきわめて正確なものだったはずです」
こう語るのは霞が関の官僚である。官僚の世界では、厚労省の数字の発表とその言い訳がまやかしであることは“常識”であると、官僚自身が言うのだ。坂口大臣は、数字は「国会の状況がどうであろうと早く示すことが大事」と反省を込めて語ったと報じられた。坂口大臣のコメントは、「国会の状況」を見て、官僚たちが数字を出さなかったこと、つまり、年金改革法を政治家たちに成立させるために、不都合な数字を官僚たちが隠したと言っているに等しい。官僚が政治家と国民を騙したということだ。
にもかかわらず、政治家の反応はどうか。小泉純一郎首相は、「厚労省に事情を聞いてほしい」と、質問する記者団に語った。いったい首相は、自分の責任を認識しているのか。記者が厚労省に事情を聞くのではなく、首相自らがそれをしなければならないのではないか。坂口大臣を呼び、事情を聞き、いかにしてこの騙しの戦術、戦略がつくられていったかを質し、国民の前に事情を明らかにし、官僚のみならず、場合によっては坂口大臣も解任するくらいのことをするのが、責任ある政治というものだ。
この年金改革法にはウソが多過ぎる。出生率に始まり、給付率も同様だ。年金給付は現役時の五割と説明されていた。だが、法案が成立した途端に、五割給付は最初の1年だけで、その後は下がり、すぐに四割台に落ちていくことが明らかにされた。
また、年金を所管する社会保険庁にはまったく手をつけずに、この法案を可決したのは大きな間違いだ。社会保険庁は、国民が支払ってきた年金保険料を流用して、全国に自分たちの住む官舎を建設した。面積と設備から見積もれば、市中の不動産業者が16万円内外の家賃が適当とした住宅を、駐車場付きで2万円で借りて住んでいるそうだ。加えて、彼らの乗り回すハイヤー購入代金にも年金保険料を充て、その挙げ句、ゴルフボールまで年金保険料で賄っていたと報じられた。この腐った社会保険庁を解散してから、年金保険料の引き上げを論ずるのが筋である。だが、そのような動きは、政治家のあいだからは出てこない。
小泉首相は「国民に知らせて審議していたでしょう」と開き直ったが、国民の代表である政治家も大臣も、官僚の情報操作に騙されたのである。国民に真の情報がわかるはずはない。自らの政治責任も認めず、厚労省に事情を聞けと言う首相など、もはや存在する意味もないのだ。