「 台湾のWHO参加を後押し 中国との全面的対立を避ける米国外交戦略の注意深さ 」
『週刊ダイヤモンド』 2004年6月26日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 548
6月15日、米国のブッシュ大統領が、台湾の世界保健機関(WHO)へのオブザーバー参加を支持する法案に署名した、と発表された。
昨年、中国を発生源とするSARS(新型急性肺炎)が台湾にも広がり、感染した医師が日本を訪れたことがあった。陳水扁(チン・スイヘン)総統のSARS対策は後手に回り、国民から厳しい批判を受けた。だが、台湾当局にとっては気の毒な事情が重なっていた。
その第一が、SARSに関する情報を束ねているWHOに、中国の強い反対で、台湾は加盟はもとより、オブザーバー参加すらできなかったからだ。情報不足の台湾当局には、適切な対策が採りにくかったといえる。
米国はもともと、台湾のWHO参加に反対ではなかったが、今、ブッシュ大統領が法案に署名したことは、この一年半ほど摩擦を生んできた米台関係が、静かではあるが、より良好な関係へと微調整を始めたことを示している。
米台関係は米中関係とセットである。2002年10月25日のブッシュ・江沢民両首脳の会談後、ブッシュ大統領が「台湾の独立にはagainst」と語ったとき、米国の中国・台湾外交に微妙な変化が生じつつあることが明らかになった。
イラク問題で手一杯の米国は、北朝鮮問題を深刻にしたくないために、中国に北朝鮮のコントロールを期待した。中国は米国の期待に応える代わりに、台湾問題で介入しないでほしいと要請したと推測される。その結果が、ブッシュ大統領の先の発言につながったと分析された。
その後、ブッシュ発言はさらに「台湾の独立にoppose」という表現に変わった。againstよりも、動詞のopposeにはより強い意味がある。パウエル国務長官は、「現在の米中関係は30年以上も前のニクソン・毛沢東時代以来の最善の状態にある」と述べたが、米中の緊密な関係が、ブッシュ大統領のopposeという明確な言葉で表現されたのには興味深い背景があった。
今年4月20日の「ウォール・ストリート・ジャーナル」紙で報じられたことだが、昨年夏、台湾における米国の代表リチャード・パール氏と、米国における台湾の代表テリーサ・シャーヒン氏が揃ってブッシュ大統領に会った。この席でパール氏が「米国の政策は台湾の独立に反対である」と述べたのに、シャーヒン氏が猛烈に反論した。熱烈な陳総統支持の彼女はこう言ったそうだ――「米国の政策は台湾の独立を支持しないというものだ」。
大統領の眼前で発言を訂正されたパール氏は、内心穏やかではなかったことだろう。外交当局者らによる異例の論争に割って入ったのがブッシュ大統領で、こう述べたそうだ。
「私は微妙な意味合い(ニュアンス)を得意とする男ではない。“支持しない”と“反対する”は私にとっては同じ意味だ」
シャーヒン氏は大統領に、「支持しない」と「反対する」の違いは台湾にとって単にニュアンスの問題でない、生死の問題だと反論した。陳総統への贔屓(ひいき)が過ぎる発言で、米台関係がさらに悪化したというのである。
昨年夏以来、陳総統は、究極的には台湾の独立につながる国民投票の実施を公約に掲げて国民に訴えた。米国は国民投票に限らず、中国は一つという現状を変える手段となる場合には反対すると述べた。この発言で、米台関係はさらにギクシャクした。
だが今、ブッシュ大統領は、WHOに関して台湾支持の法案に署名することで、明確に米台関係の基本は変わらないことを示したことになる。中国との全面的な対立と戦いを避ける注意深い外交を展開しつつ、民主主義の国である台湾の側に米国は立っていることを示したわけだ。