「 参院選前の北朝鮮異例訪問 正当化できるか否かは小泉外交の筋の通し方による 」
週刊ダイヤモンド 2004年5月29日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 544
北朝鮮への小泉純一郎首相の異例の再訪問が正当性ありとされる最低限の条件は、安易な援助や筋の通らない約束をしないことである。経済援助に“人道”の二文字を付けて取り繕うことも、あってはならない。国民は、七人の子どもと夫の帰国、横田めぐみさんら10人の安否、さらには3ケタの数の失踪者情報入手に加えて、小泉首相の筋の通し方に注目している。
だからこそ官邸は、人道支援として「25万トンのコメ支援で最終調整」と報じた日本テレビの番組「バンキシャ!」に、敏感に反応した。同社側の説明によると、首席秘書官の飯島勲氏から直接「日朝交渉をぶち壊すのか」との抗議を受けたという。取材で確かな情報を得て報道した旨答えると、取材源を明らかにするよう求められ、断ると、首相訪朝に同行させない旨、言い渡された。飯島秘書官が19日、語った。
「今回の訪朝は、リスクが非常に大きいかもしれませんが、首相はそれをトップ会談でやろうとしているのです。陣頭指揮は首相で、首相以上のニュース源はないはずです。その首相も、むろん私もまったく知らない情報を断定的に伝えたから、私は、どこで確認したのかと尋ねたのです」
飯島秘書官は、今回の訪朝は首相の判断におよそすべてを託す、きわめて例外的なケースであるからこそ、官邸への取材なくして報じるのは間違いだと強調する。対して日本テレビ広報室は、「客観的事実として自信を持って報道した」「国民の知る権利に応えるものだ」と説明する。
飯島秘書官は治まらない。
「首相は8人の帰国だけを考えているのではない。めぐみさんら10人と100人以上の特定失踪者も含めて、本当にどの線で解決を引き出すかの決断をしようとしていると、私は思います。1兆円援助せよという声さえあったとき、首相は2002年9月17日に、手ブラで行って帰ってきました。今回も人道支援は最後の手段です。すべて未定なのに、25万トン報道が断定的だったから、私は根拠を問うたのです」
小泉外交が飯島氏の言葉どおりなら、よい。しかし、参院選前の突然の決断には党利党略の影が付きまとう。当然、無理と妥協も生じかねず、それが日本テレビの“25万トン情報”と重なって見える。
飯島氏は「40万トン出せば拉致被害者を買ったと言われる。25万トンなら報道のとおりだと言われる。20万トンなら少な過ぎると言われる。報道は小泉外交の選択肢を狭める」とも語った。つまり、コメ支援は、やはり考えているということか。
飯島氏はこうも語った。
「日本テレビのOBまでもが、私のところになんとかしてほしいと頼みに来ました。しかし、問題の次元が違う。私は情報の正否を問うているんです」
日本テレビの報じた“25万トン情報”がたとえ正しかったとしても、このようなかたちで問題にされた以上、結果として誤報とされる可能性は大いにあるだろう。私たちは、日本テレビの報道の真偽を表面的なコメ支援の数字で判断するのではなく、筋の通らない妥協や譲歩が小泉外交にあるか否かで判断すべきだ。
18日、日本テレビ側はこの問題を内閣記者会の代表者会議に諮り、内閣記者会は官邸に説明を求めた。19日、細田博之官房長官は、「善処したい」と述べ、日本テレビの同行取材を事実上、認めた。そもそも報道を抑圧するかのような官邸側が間違っており、情報源の開示要求の撤回も同行取材の許可も当然だ。また、報道の自由は、どんな場合でも正面から論ずべきことだ。