「 テロとは闘うしか方法はない スペインの政権交代は真に平和の道につながるか 」
週刊ダイヤモンド 2004年3月27日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 536
スペインのマドリードで200人もの命を奪った列車同時爆破テロが、国際テロ組織アルカーイダの犯行であることは、ほぼ間違いなさそうだ。
当初疑われたスペインの武装テロリストグループ、ETA(バスク祖国と自由=北部バスク地方の分離・独立を主張する組織)は、過去36年間の活動を通して、主として政府や司法関係者などを狙ってきた。一般市民が巻き込まれる場合、犯行を予告するのが彼らのやり方だったが、今回は予告もなく、明らかに可能な限り多くの一般市民を殺傷する意図だった。
ロンドンに本拠を置くアラビア語の新聞社には、アルカーイダによる犯行声明が送り付けられ、「十字軍遠征の恨みとイスラムに対する米国の戦争に加担した罪を罰するために」と書かれていた旨が報じられた。
米国当局もアルカーイダの犯行との見方を発表したが、もしそうなら、彼らは効果の絶大さに快哉を叫んでいることだろう。総選挙の3日前のテロで、政権交代を実現させたのだから。殺戮による政権交代が可能とわかったからには、犯人たちはスペインの事例にならって、同種の犯行を仕掛けてくるだろう。スペインも日本も、国際社会全体がテロにどう対処するかを、再度、明確にしなければならないゆえんだ。
スペインの過去の状況を振り返ると、今回敗退した国民党のアスナール政権のテロと闘う姿勢が、どのようにスペインを活性化させたかが見えてくる。
1996年から8年間、国民党政権を率いたアスナール氏は、9年前のETAによる暗殺計画で、危うく命を落とすところだった。以来、氏は以前にも増してテロとの対決姿勢を強めた。同政権は、EUの対テロ協力体制の形成にもきわめて熱心な政権だった。
国内の世論調査で、九割の国民がイラク派兵に反対したにもかかわらず、米国の政策を支持して派兵した背景には、氏自身の体験と信念があった。
アスナール氏は経済改革も断行。今回、政権を奪還した社会労働党は96年までの14年間、政権を担当したが、労働組合に依拠し、組合優遇政策が過ぎた結果、汚職が蔓延、モラルは著しく低下した。かつての日本の旧国鉄のように、各種国営企業は赤字のうえに胡坐(あぐら)をかき、生産性は低下、経済は行き詰まり、失業率は20%に達した。
アスナール政権が失業率の半減に成功し、EU諸国が刮目(かつもく)した経済成長を達成できたのも、非常に厳しいテロ制圧の実施で、国内情勢が落ち着いてきたことが大きな要因である。
こうした一連の実績があったからこそ、九割の国民の反対を押し切ってイラクに派兵しても、国民党政権への基本的な支持は揺るがず、今回の選挙では勝利が確実視されていた。
新たに政権を担当することになった社会労働党は、6月末までに米国に代わって国連がイラク統治を主導しない限り、現在派遣している1,300人のスペイン軍を撤退させるという。
長期的に見て、それは本当にスペイン国民に平和をもたらすだろうか。確かに九割がイラク派兵に反対したが、彼らは、八年間の国民党政権の熾烈なテロ制圧が功を奏して、社会の安寧と繁栄がもたらされたことも実感している。テロとの闘いを支持するからこそ、列車テロ発生後、国民の4人に1人がテロ抗議のため街頭に繰り出した。
だが、イラクからの撤兵はテロリストの要求に屈することだ。テロに勝つには、国民党がこれまで行なってきたように、強い姿勢を保つしか方法はないことが、彼らには見えているはずだ。
理屈で考えれば、なおさら、テロリストとは闘うしかない。金正日政権のように、彼らは自分たちの主張を譲って合理的な妥協を探ろうとは決してしないからだ。彼らとのあいだに、妥協は成立しないのだ。