「 台湾総統選挙が如実に示す経済優先策と中国人化教育 戦後日本の姿と生き写し 」
週刊ダイヤモンド 2004年3月20日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 535
3月20日の台湾総統選挙が目前に迫るなか、3月9日付の「聯合報」は、連戰(レン・セン)・国民党主席への支持率が41%、再選を目指す陳水扁(チン・スイヘン)・民進党総統が38%と発表。連氏リードを伝えた同紙は、もともと国民党寄りのメディアだ。一方、民進党の調査は、陳氏が37.6%、連氏が36.1%で、陳氏が1.5ポイントリードしたと伝えた。
両者拮抗である。日本と非常に似通った台湾は、日本にとっての重要性においても突出する。
台湾の人口構成は、約85%がもともと台湾にいた台湾人である。13%が蒋介石らとともに中国大陸から逃れてきた中国人である。人口構成からいえば、100%台湾人である陳現総統の再選は確実視されてもよいはずだ。しかし、中国系の連戰候補と拮抗状態だ。
なぜか。世代ごとの世論調査を見ると要因の一つが見える。十代、二十代、五十代、六十代の人びとには陳氏支持が多く、三十代、四十代の働き盛りの人びとには連氏支持が多い。
三十代、四十代は、中国大陸に投資をし、会社経営の主軸世代だ。彼らは、台湾人としての自覚や、台湾は独立国だという国家のアイデンティティよりも、目前の企業経営や経済活動により重大な関心を持つ。つまり、経済優先主義が中国系候補者の連氏支持につながっていると見られる。
連氏とともに副総統候補として戦っている、同じく中国系の宋楚瑜(ソウ・ソユ)・親民党主席は、“台湾の田中角栄”“金権政治家”と呼ばれる人物だ。公共工事を全国に振る舞い、陳情者には要請した予算の倍額を出すという評判で、その筋の人びとにはたいそう受けがよい。
この意味で、台湾人はこの選挙で、“経済大国”の日本がいやというほど体験してきた、そして今も体験中の、経済か、日本らしさや国のアイデンティティか、という選択に直面している。
それでもなお、85%の台湾人がなぜ、連戰、宋楚瑜両氏の中国人連合を押さなければならないのかという疑問が残る。これもまた日本と同じく、歴史教育が関連している。
李登輝前総統らが2月28日に、陳氏再選を目指して“人間の鎖”運動を実施した。全国で予想を大幅に上回る200万人が参加、これが陳氏の支持率上昇につながったと分析されたが、なぜ、2.28なのか。蒋介石らの中国国民党軍が、57年前のこの日、2万人とも3万人ともいわれる大規模な台湾人殺害に走った日だからだ。台湾全土に広がった反国民党軍の民衆運動は、圧倒的な力を持つ蒋介石の軍隊の前に屈服させられていった。
当時の恐怖を、李前総統も「いまだに忘れられない」と語った。
以来、国民党政権の支配の下で、教育が変えられていった。台湾の子どもたちには、台湾語の代わりに中国語が、また、台湾の歴史は無視され、中国の歴史が教えられた。地理さえも、台湾の地理でなく、彼らが行くことさえできなかった中国大陸の地理が教えられた。徹底した中国人化教育だ。
だからこそ今、陳総統は総統府の接見の部屋を台湾の植物の絵で埋めている。ここは中国ではなく台湾だと言っているのだ。歴史も地理も、言葉も、中国化され尽くした教育で育てられれば、台湾人としての自覚を失ってもおかしくない。それが、中国人候補者に支持が流れていく大きな要因だろう。
経済第一で走ろうとする姿も、国民としての教育を忘れて、どこの国民か正体不明の価値観に陥りそうになるのも、戦後日本の姿と生き写しである。だからこそ、私は心から、台湾人の陳総統に勝ってほしいと思う。台湾人が中国人の総統をかついでどうするのかとの問いは、言うまでもなく、小泉政権への、真に日本と日本人を想っての政治外交を展開しているのか、という問いに重なっていく。