「 台湾国民投票を私は支持する 」
『週刊新潮』 2004年1月29日号
日本ルネッサンス 第101回
台湾の陳水扁総統の政権維持の闘いが続いている。3月20日の総統選挙時に住民投票を行うか否か、その件で、日米両国の支持を取りつけることが出来るのか。日米、とりわけ米国の支持の有無は、ほぼストレートに総統選挙に影響するとみられ、総統の戦略が注目される。
1月16日、陳総統はテレビを通じて総統選挙と同時に住民投票を実施すると表明した。日米は、住民投票に否定的である。ブッシュ大統領は昨年12月9日の温家宝中国首相との会談で「現状を変えようとする台湾リーダーの発言や行動に反対する」と述べ、陳総統を牽制した。日本は暮れも押し詰まった12月29日、日台交流協会の内田勝久所長が台湾総統府の秘書官(官房長官)を訪ね、住民投票は中台関係をいたずらに緊張させるとの文書を読み上げ、異例かつ不躾な形で日本政府の“憂慮”を伝えた。
陳総統の支持率は、両国の否定的な反応で下降気味となった。台湾人にとって、中国は怖い国だ。摩擦を起こした場合、自力では容易にしのげず、米国の後ろ楯が不可欠である。にもかかわらず、ブッシュ大統領が反対する住民投票を主張し続ける陳総統で大丈夫なのかという不安が、支持率低下の背後にある。
総統は、日米の理解と支持を得るべく、特使派遣を申し入れたが、これも拒絶されていたことが、年明けの1月12日に明らかになった。
そうした状況を踏まえての1月16日のテレビ演説だったのだ。総統にとって、今さら住民投票は中止出来ない。中止は総統選挙での敗北を招くものでしかないだろう。突き進むしか勝ち残る見込みのない陳総統が打ち出した国民投票の内容は、2点である。
「中国が台湾に照準を合わせたミサイルを撤去せず、台湾への武力行使を放棄しない場合、政府がミサイル防衛施設を追加購入し、自主防衛能力を強化することに賛成ですか」
「台湾海峡両岸の平和と安定を目指した交流に賛成ですか」
後者は、反対するべくもない。1番目の問いも台湾自衛には当然の措置で、問題となる内容ではない。
極めて抑制された内容は日米両国が受け容れ易いように注意を払いつつ作成されたことを示している。対して中国は、国民投票自体が独立を問うことにつながるとして強硬に反対する。
陳総統の苦悩と選択
それにしても台湾の総人口の約85%を占める台湾人の総統でありながら、4年前の総統就任時に陳氏がどんな公約を掲げなければならなかったか、今年1月16日のテレビ演説から振りかえってみる。総統はこう述べている。
「(4年前)私は、中国の武力発動がない限りにおいて、在任中に独立を宣言せず、国名を変更せず、2国論を憲法に盛り込まず、統一か独立かといった現状変更の国民投票を行わず、国家統一綱領や国家統一委員会を廃止することもいたしませんと提示しました」
国家統一綱領や国家統一委員会は、台湾と中国の統一を目指すものだ。
陳総統の言葉を読んでも、台湾国民が痛感しているであろう悲哀を、彼らと同じ程度まで感じとることは、台湾人ではない私には、出来ない。けれど想像は出来る。台湾の歴史は、台湾が中国領土ではない事実を示している。にもかかわらず、なぜ、ここまで、あれもしません、これもしませんと中国に恐懼しなければならないのか。台湾人ならずとも、強大な武力を背景に圧力をかけ続ける中国の恐怖を痛感させられる。
台湾側の、中国への配慮を前提とする中台関係のなかで、中国が台湾を吸収統一する構図が守られてきた。台湾の吸収合併は中国にとって単なる旗ではない。実現すべき目標である。そしていま、台湾を取り巻く情勢は楽観出来ず、中国の野望も絵空事ではなくなりつつある。
台湾をはじめアジア外交に詳しく、米国の政策にも鋭い分析を行ってきた参院議員・椎名素夫氏が語った。
「イラク問題で手一杯のブッシュ大統領は、北朝鮮をコントロールするのに中国の力を必要としています。北朝鮮問題での中国の協力を担保するのが、台湾問題での米国の譲歩となっている。権力者も国家も豹変します。台湾に長く緊密にコミットしてきた米国は、いま明らかに若干の軌道修正を行っています。それが実際にどのくらいの影響を総統選挙に及ぼすのか。特に日本にとって、その点の分析が重要です。なぜなら、台湾情勢の変化がもたらす影響を最も厳しい形で蒙るのは日本なのです」
陳総統の対抗馬、国民党の連戦候補は1月9日に、早期の中国訪問、海運、空運の直行便開設、主権問題の棚上げ、中台両岸共同市場の構築、中台平和協定締結を柱とする中国政策を発表した。一言でいえば「中国はひとつ」の政策である。
日本のとるべき道は何か
連戦氏の勝利は、中国にとって最も望ましい。極端かもしれないが、主権問題棚上げを主張する連戦政権が誕生した場合、中国側が巧みに統一の動きに出る可能性も否定出来ない。連戦政権が中国の動きに呼応すれば軍事衝突も生まれない。軍事衝突がなければ米国も介入しにくい。
中台統一という最悪の事態に至らないとしても、中国の台湾への影響は飛躍的に強大になる。元々、連戦氏らの所属する国民党の体質は民主主義とは程遠い。強権を恃んで支配を浸透させ、国民を監視して取り締まり、統治していく体質だ。その上中国の影響が強まれば、台湾は再び、自由に物が言えなかった蒋介石父子の支配の時代に戻っていきかねない。
そのような時代や価値観への逆戻りは、台湾人にとって、決して幸福なことだとは思えない。日本にとっても、極めて不幸だ。
米中関係はこうしている間にも緊密化の度を深めつつある。ブッシュ政権発足以来はじめて米軍制服組トップのマイヤーズ統合参謀本部議長が中国を訪問、江沢民中央軍事委員会主席が、米国の台湾への影響力行使を要請した。
だからこそ、日本は賢く舵を切れ。中国が、行使を否定しない軍事力の前に、圧力を感じさせられるのは、日本も台湾も同じである。米中の狭間で影響を受けるのも同様だ。日台の運命には幾つもの共通項がある。
ならば、せめて台湾の邪魔をしないことだ。出来るなら、民主主義を信奉する台湾人への助力をよい形で提供することだ。
中国との微妙な関係の維持には慎重であってほしいと、当たり前のことを言うと同時に、国民の意思を探る国民投票は民主主義国家として珍しいことではなく、むしろ当然だと言えばよい。政府が言えないなら、よき保守を任ずる自民党が言えばよい。日本が最低限、そう発言し台湾を支えることが回り回って民主主義と日本の国益を守ることにつながる。