「 道路公団新総裁に前次官牧野徹氏浮上、建設官僚起用なら小泉改革は失敗 」
『週刊ダイヤモンド』 2003年11月15日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 518号
衆院選挙後も続投が確実視されている小泉純一郎首相の足が、地に着いていない。スローガンはよくても、その具現化に欠かせない細部事情の把握と理解力が、脱落している。
わかりやすい一例が、議員の定年制度である。中曽根康弘、宮澤喜一両氏への引導の渡し方については、世間の批判が強かった。一一月二日のフジテレビで、出馬を断念したものの、気持ちは収まってはいない中曽根氏と小泉首相が“対決”した。収録ずみVTRで中曽根氏が小泉首相の手法に異を唱え、スタジオで、生出演の首相が応えたのだ。
中曽根氏は1996年、時の幹事長加藤紘一氏に懇願されて選挙区を福田康夫氏に譲り、終身一位の約束で比例代表に回った経緯を述べた。小泉首相が「例外のないルールはない」「出馬はご本人の意向次第」と繰り返したことも指摘。にもかかわらず、選挙公示5日前に突然、辞任を迫ったと論難した。氏の主張は、いちいち道理が通っていた。
首相は真っ正面から詫びるしかないと私は考えた。党総裁として先輩総裁に手順を踏まなかった、人間として先輩世代への思いやりを欠いたと認め、詫びて許しを乞うしかないと思った。
が、首相は思いがけなくも反論した。まさか比例代表で一生出馬の意向とは思わなかったとして、「選挙区ならご本人の実力ですから、何歳になっても続けられたらいいですよ」と結論づけたのだ。
中曽根氏は選挙区を譲った引き換えに、終身比例一位の座を党から約束されたのだ。また、選挙区選挙には準備に長い時間が必要だ。それを公示直前に突きつけるのでは、理も情もない。
党の若返りを進めること自体なんの問題もない。しかし首相の手法では、目的達成の過程で、真の目的そのものが否定されてしまう。
日本道路公団改革も同様だ。今、藤井治芳総裁の後任に、またまた官僚が就くという奇妙な情報が走っている。首相補佐官の牧野徹氏である。氏は、旧建設省事務次官経験者だ。
道路公団の改革には、後任総裁に民間人の起用が必須である。理事職も、藤井氏の方針に異を唱えてきた一人を除き、全員入れ替えるくらいの人事を断行しなければ、改革は無理である。
が、政界は改革否定の方向に流れていきつつある。石原伸晃国土交通大臣は、後任は官僚出身者でも可であるとの姿勢だ。10月26日のテレビ番組で、道路関係4公団民営化推進委員会の猪瀬直樹氏も、次のように微妙な発言に終始した。
後任に国土交通省の前次官の名が挙がっているが、民営化委員会としては許せることかと問われ、「だからそれは(改革を)やれる人ですよ、それはね」と述べるにとどまった。
国交省のOBはダメでしょうと、さらに問われると、「ちゃんと意見を聞いてくれる人ですよ。要はわかってもらえる人」と答えた。猪瀬氏も、官僚出身者はダメだとは言っていないのだ。
飯島勲首相秘書官と会って後継人事問題を話し合ったという猪瀬氏の反応からも、国交省OBが新総裁になるとの情報が信憑性を帯びてくる。その人物が首相補佐官の牧野氏で、牧野氏で是とする根拠は、氏が技官ではなく事務官出身だからだというものだそうだ。
万一、小泉首相がそう考えているとしたら、大いなる誤りである。何のための民営化なのか、小泉改革の原点を忘れてはならない。効率よい経営を実現して、巨大債務を返済し、真に必要な道路のみをインフラ整備していくには、なによりも官僚の発想から脱することが不可欠だ。公団総裁に牧野氏ら官僚を充てるとしたら、それだけで小泉改革は失敗する。
国民を引きつけるスローガン、そのスローガンに相応しい政治を行なうために、首相はもっともっと、足元を見よ。政策の細部にまで目を光らせよ。