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2003.09.25 (木)

「 ブレアvs BBC 戦いの顛末 」

『週刊新潮』 2003年10月2日号
日本ルネッサンス 第86回

英国政府とBBCの争いは、BBCのアンドリュー・ギリガン記者が、報道には一連の誤りがあったと認めたことで、拍子抜けするような結末をみせた。9月17日の独立司法調査委員会で、同記者は「舌が滑って」不正確な報道をしたと述べたのだ。

今年3月20日に米英軍がイラク攻撃を開始して以来、戦争報道で最も冷静に、かつ自社の特派員を現地イラク国内に送って自前の情報を伝え続けたのはBBCだったと思う。たとえば日本の新聞、テレビ各社はバグダッドなどの“危険地域”からの報道は、自社の特派員を充てる代わりにフリーの記者に全面的に頼っていた。日本の報道機関がバグダッドに自社特派員を送ったのは、米英軍が首都を制圧してからだった。

BBCはまた、米国のCNNやFOXテレビとは異なり、政府と一体化することなく、より客観的な報道に努めていたとも思う。

その一方で、ブレア首相も健闘していた。イラク攻撃に踏み切るか否かの議論で、テロ攻撃の直接の被害者として、米国世論は概(おおむ)ねブッシュ大統領の攻撃の選択を支持していたが、ブレア首相は議会を説得しなければならなかった。説得の対象は、野党保守党よりも、むしろ足下の労働党というねじれ現象のなかで、同首相は言葉を尽くして説明した。英国議会での山場の議論は9時間余も続いたと記憶しているが、首相の熱弁に、英国議会だけでなく内外の注目が集まり、ブレア首相への評価は確実に高まった。そして、議会説得のためにブレア政権が昨年9月に発表した報告書に盛り込まれていたのが、「イラクは45分以内に大量破壊兵器を実戦配備出来る」との情報だった。

だがイラク制圧後も、肝心の大量破壊兵器は発見されず、戦争の正当性に疑問が高まりつつあった5月29日、ギリガン記者が戦争反対の意見の封じこめに有効だったと思われる“45分情報”が、実は、「情報機関側の反対を押しきって、政府が強引に文書に加えた」ものだったと報じたのだ。

2分間にわたる報道のなかで、ギリガン記者は匿名の情報源の言葉として、政府が、サダム・フセインは非通常兵器(核兵器)を45分で配備出来るとの情報を、間違いと知っていながら、報告書に強硬に押し込んだと、報じた。

脅威を実態以上に誇張し、世論を戦争へと導く意図的な情報操作で事実上嘘をついたとの批判にブレア政権は強く反発、ギリガン報道を全面否定し、BBCに謝罪と撤回を求めた。

しかし、BBCはそれには応じず、逆にギリガン記者は6月1日『メール・オン・サンデー』紙のコラムで「情報をセックス・アップ(魅力的に)するよう求めた中心人物はキャンベル報道・戦略局長だった」と名指しした。

こうして下院外交委員会は6月19日にギリガン記者を、25日にキャンベル局長を召喚。そして7月7日にキャンベル局長が情報操作を行ったとの疑惑を公式に否定した。

ガラス張りの作業の中で

その直後、ギリガン記者に情報を与えた人物が、国防省顧問のデイビッド・ケリー博士であったことを突きとめていた英国政府は、ケリー博士の名前をマスコミにリークした。

ケリー博士は7月15日に下院外交委員会に召喚され、厳しい追及を受け、2日後、自宅を出たまま戻らず、翌18日、遺体で発見された。

博士の死の2日後、BBC側は情報源が博士であったことを認めた。その一方で、博士の死はブレア政権への疑惑を深める結果となった。

こうして、設置されたのがギリガン記者が“舌が滑った”と誤りを認めることになった冒頭の独立司法調査委員会だった。

判事のハットン卿を委員長とする調査委員会は、機密を除き全情報をインターネット上に公開するガラス張りのなかで作業を進めた。

9月17日午前10時半開始のギリガン記者への質問では、実際に博士が述べた言葉と、ギリガン記者が報じたことが一語一語吟味された。

ケリー博士は政府は情報が誤りだ、或いは信頼性に欠けると知っていたと、実際にそういう言葉で語ったのかとの問いに、同記者は、意外にも「いいえ」と述べたのだ。傍聴者の驚きが伝わってくるような場面だが、同記者は次のように説明した。

「しかし、彼は、大量破壊兵器が45分で配備されるとの記述は信頼性に欠け、それは“我々の意志に反して”入れられたと語りました」「ここで私が犯した間違いは、ケリー博士が私に語ったのと同様の意見を政府にも伝えていたとの理解に立ったことです」

全体を見た戦争報道を

ギリガン記者は、“45分情報”に関してケリー博士が抱いていた不信感と、それを政府報告に盛り込むことへの反対意見を、ケリー博士が自分に語ったと同じく、政府にも伝えていた、にもかかわらず、政府は無視して、同情報を報告書に盛り込んだと考えて、そのように報じたことが間違いだったと述べたのだ。

彼はさらに、こうも語った。
「それは意図的ではありませんでした。その種の、舌が滑ること(slip of tongue)は生番組ではしばしば起きることです。職業的危険であり、(防ぐためには)前もって原稿にしておくことが重要です」

ケリー博士を自殺に追い込んだと酷評された7月15日の下院の外交委員会での厳しい追及に関しても、意外な言葉が発せられた。同記者は、外交委員会のメンバー3名に、ケリー博士を追い込む(entrap)タフな質問をするように書き送っていたのだが、この件に関して問われ、彼は述べた。

「ただ謝るしかありません。当時私は非常な圧力の下にあり、真っ当に物を考えられる状態ではありませんでした。謝罪あるのみです」

委員会は取材源としてのケリー博士を、当時匿名ながら、ギリガン記者が「情報機関筋」として報じたことも質した。

ギリガン記者はケリー博士が情報機関の一員ではないことを認め、なぜ、そのように報じたのかとの問いには、またもや「生番組では起きること」と述べている。

大筋において報道は正しかったと強気に主張しながらも、言葉遣いなどにより細かな注意をはらうべきだったと、ギリガン記者もBBC側も認めざるを得なかった今回の顛末を、9月19日、『ウォールストリート・ジャーナル』は社説で「ブレアの無実の証明」と書いた。

同社説は、ギリガン・レポートには、信頼すべき情報は何もなかったと厳しく切り捨てた。日本ではこの顛末を報じたのは『産経』のみで、他紙は扱っていない。誤報をしてもBBCは戦争報道に全力で取り組んだ。イラク戦争とその後の全体像を伝える努力は日本のメディアにこそ、求められている。

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「 ブレアvs BBC 戦いの顛末 」

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