「 ブッシュの窮状に付け込む中国の思惑、加速する米中接近と日本の立場 」
『週刊ダイヤモンド』 2003年9月27日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 511回
ブッシュ政権の世界戦略が大きく変わりつつある。2001年9・11のテロ攻撃以来、米国の敵は、テロとそれを支援する国々となった。主たる敵がテロリズムになったとき、米国の対中国政策も大きく変わり、米中接近が始まった。両国の接近は、日米同盟関係にも少なからぬ影響を及ぼしかねない。
米中接近が目に見えるかたちで世界に示されたのは昨年10月25日、江沢民国家主席がクロフォードにあるブッシュ大統領所有の牧場に招かれたときだ。
江沢民主席は米国に台湾への武器売却の中止を求め、それが実現するなら、台湾向けに配備している450基の短距離ミサイルを他地域に移動すると述べた。詳細は明らかではないが、両首脳は北朝鮮問題についても話し合ったに違いない。
会談後、ブッシュ大統領は“個人的には”という前提を付けて、「台湾の独立にはagainst(反対)である」と述べたのだ。
これまで台湾が民主的に独立を決めるのなら反対はしないとの立場を採ってきた米国外交の基本から、踏み出した印象は否めない。政権発足直後、大統領は中国を“戦略的ライバル”と呼んだが、その中国に大きく歩み寄ったことを示す発言だった。
今年六月のエビアンサミットでは、ブッシュ大統領はさらに踏み込んだ。胡錦濤国家主席との会談で、「台湾の独立にはoppose(反対)」だと述べたのだ。動詞で表現した「反対」の意味は、前回よりも強められたといってよい。
ブッシュ大統領が中国の立場により近づいたことを示す発言である。理由は、テロとの戦いである。
今年の9月11日、ブッシュ大統領はイラクの治安回復とテロとの戦いに、新たに870億ドルの予算を要請した。保守系新聞の「ウォールストリートジャーナル」は社説で、ブッシュの要請はきわめて妥当として強力な応援の論を展開したが、世論の反応は厳しく、支持率は下降しつつある。
イラクでは復興よりも反米テロの広がりが目立ち、イランは明確に核開発への動きを見せている。イランは人口、国土において、それぞれイラクの3倍および4倍だ。地形は複雑、宗教は世俗化されたイラクよりも“純粋な”イスラム原理主義。敵に回せば、イラクよりはるかに手強い相手である。加えて、パレスチナとイスラエルの問題もある。
ブッシュ政権はテロとの戦いに加えて、支持率の回復と再選のためにも、中東で明確な成功を収めなければならない。だからこそ中東に集中しなければならず、北朝鮮の金正日総書記を構う余裕はないのだ。中国はブッシュの窮状をじつによく見て取り、北朝鮮に対する抑えの役割を果たすことで、ブッシュ政権への貸しをつくったのだ。その貸しを台湾で取り戻そうとしたことが、先のブッシュ発言からうかがえる。
中国が、米国への貸しをつくるために北朝鮮にそうとう強力な説得工作を行なったことは、北朝鮮が中国を警戒し、ロシアに接近を図ったことからも見て取れる。金正日は8月に北京で行なわれた6ヵ国協議を、プーチン大統領に働きかけてモスクワで開催しようとしたほどである。
だが、北朝鮮に嫌われようとも、中国にとって重要なのは米国だ。米国が中国寄りになれば、中国が台湾を合併するのも容易になる。台湾海峡を押さえ、力を拡大できる。日本を米中の谷間に突き落とし、封じ込めることさえ可能になる。
日米中の関係は、歴史の転換点でいつもゼロサムゲームの宿命のなかにあった。中国が得るとき、日本は失う。だからこそ米中が接近中の今、日本は米国の同盟国としての責任を果たし、同盟国としての価値を証明すべきなのだ。同時に、安全保障も含めた自立を根幹に置かない限り、他国が日本を対等に扱うことはないことを忘れてはならない。