「 福田官房長官の『拉致被害者家族の帰国は緊急課題』発言に匂う政権維持の企み 」
『週刊ダイヤモンド』 2003年8月23日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 506回
外交には秘密がつきまとう。とりわけ北朝鮮外交には闇の部分が目立つ。
8月4日の福田康夫官房長官の記者会見は、意味深長である。NGOのレインボーブリッヂ事務局長の小坂浩彰氏が持ち帰った拉致被害者らの子どもたちの写真と手紙について、こう述べた。
「政府は5人の家族の帰国を緊急課題と考えている」
同長官は先月31日の会見で、こうも述べた。
「拉致問題は二国間の人道上の問題である。核問題とは切り離していつでも決断できる」
拉致は確かに二国間問題だが、日本一人の手には負えないとして、政府も被害者家族も、米国をはじめとする国際社会の助力を仰いできた。
ブッシュ大統領は拉致をテロと位置づけ、拉致被害者の最後の一人が帰ってくるまで、小泉首相を支えると言明した。拉致問題を解決に導く国際的枠組みは出来上がっていたのだ。
が、長官の「拉致は二国間問題」「核とは切り離してもよい」という発言は、日本単独で解決できるというサインとも取れる。さらに「家族の帰国を緊急課題と考える」というのだ。
福田長官が昨年8月の日米関係の摩擦を忘れているはずはない。小泉訪朝は、昨年8月末に発表の予定だったが、日本政府は発表3日前に米国に通知した。
来日中で、その件を伝えられたアーミテージ国務副長官は予定をすべてキャンセルして本国との連絡調整に当たった。表面上、米国政府は小泉訪朝を歓迎したが不快感は隠さなかった。
核問題で北朝鮮を抑えたい米国は、小泉訪朝で国交樹立や拉致問題解決に絡んで、日本から北朝鮮に巨額の資金が流れることを警戒したのだ。資金が金正日体制の存続と、軍事力のさらなる構築につながることは明らかだからだ。
当時の米国の反応と拒否感の強さを識(し)っている福田氏が、拉致問題で日本が先行しかねないことを示す発言を、また、今、したのはなぜか。
福田長官の言葉の裏には、蓮池薫さんら5人の子どもたちを、北朝鮮が日本に引き渡すとの確証に近いものがあるのか。しかも、資金やコメや他の物資を送るというあからさまな代償なしで、家族を引き渡させるという手応えを得ているのかと、考えてしまう。
このような推測の背景には、小坂氏と福田氏が水面下でつながっているとの政府中枢情報筋の見方がある。小坂氏のNGOは古タイヤのチップだけでも、1億8000万円分を北朝鮮に無償で援助しているが、こうした資金の出所は日本政府筋との情報も一部にある。
一方で、小坂氏は2000年7月以来、横田夫妻に接触してきた。2000年6月15日の金大中・金正日首脳会談直前の4月にNGOを立ち上げた氏は、首脳会談後の7月に横田夫妻の面識を得たあと、昨年9月17日の小泉首相の訪朝後、頻繁に横田夫妻に連絡を入れてきた。
早紀江夫人は「おかしな人だと直感して」「近づかないほうがよい」と考え、会わないようにしたが、「素直な主人」は、小坂氏の連絡に応えていたという。小坂氏は横田夫妻をしきりに平壌に誘い、めぐみさんの娘の恵京(ヘギョン)さんに会わせようとしたが、夫人らの強い反対でそれは実現しなかった。
今北朝鮮が5人の家族を無条件で日本に戻せば、世論はわき、金正日総書記への風当たりも和らぐ可能性はある。めぐみさんはじめ残り10人の拉致被害者と彼らの家族全員が日本に戻るまで、日朝国交樹立交渉の開始も、援助もダメだという声は、消されてしまいかねない。
そして、首相の支持率は三たび急上昇し、総裁選も総選挙も乗り切ることができる。福田発言に、拉致問題の徹底的な解決よりも、部分的解決で政権維持を図る企みの匂いを感じ取るゆえんだ。