「 財務諸表の隠蔽に加え怪文書疑惑浮上とあっては逃げ切れない道路公団総裁 」
『 週刊ダイヤモンド 』 2003年8月2日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 504回
日本道路公団で今、60余人への“事情聴取”が続いている。公団の債務超過を示した財務諸表作成についての事実上の査問である。藤井治芳総裁は、一連の作業を若い課長代理らの勝手な振る舞いにしてしまいたいのだ。自分は知らなかったと逃れるつもりなのだ。
件(くだん)の財務諸表を作った公団のプロジェクトチーム(PT)は、2001年12月の閣議決定で、道路関係四公団の民営化が決定的になったことを受けるかたちで設置された。組織を挙げての民営化への準備作業であるため、公団本社14階に専用部屋が設けられた。
PTの一連の会議資料には、PTが総裁直属の組織として、役員会も関与するかたちで設置されたことが明白に示されている。財務諸表が、新日本監査法人の会計士の助言を得て、公団の全国組織から資料提供を受けて作成されたことも見て取れる。
PTは荒川真調査役、芝村善治調査役、荻原隆一総務課長、長尾哲企画課長の四氏が中心となって検討課題を決めた。民営化には財務諸表の作成が必要だ。そのため、全国に散らばる公団資産の企業会計ベースでの把握が早急に必要となった。PTが中心となってデータ収集に当たり、本社各課に指示し、各課は全国の支社に指示を出した。
これ自体、大変な作業だ。藤井総裁が言うような、課長代理レベルの勉強会で指示できることではない。組織全体を課長代理が動かせる道理はないのだ。
さて、集まったのはすべて生(なま)データ、供用開始日と減価償却前の取得価額だ。PTはこれを経理に渡し、経理はこれを減価償却システムに入れた。耐用年を定め、それごとに資産を区分し減価償却計算をしたが、専門家の意見なくしては不可能で、新日本監査法人の複数の会計士が助言した。
また、この間に、減価償却の対象にならない土地、金利、補償費などを整理した。経理は減価償却の結果に基づいて、財務諸表を作成した。結果はなんと、6175億円に上る債務超過だった。経理は財務諸表をPTに渡し、報告は事務系、技術系のルートをたどり、役員まで流れたと見られる。藤井総裁らが否定する財務諸表が、これである。
特別の部屋を用意し、本社各課、全国の支社を動員し、コストをかけて監査法人の協力を仰いだ作業が、組織としての取り組みでなく、総裁も知らなかったとは、あまりにも無理がある。
が、藤井総裁はあくまでも、「PTは課長代理らの勉強会にすぎない」と言い張る。百歩譲ってそうだとしても、これほどの規模の調査とその結果について知らなかったことは、組織の長としての失政であり、重大な責任である。
それにしても、氏の言葉は信じがたい。氏への不信感は、新たに発生した、公団が“怪文書”の作成に組織的にかかわっていたと疑わざるをえない状況によっても増幅される。
「『昨年7月に作成されたとされる財務諸表』の作成・流出は、“片桐氏の自作自演”」という、A4四枚の怪文書がそれである。このなかに、四国高松市に異例の左遷人事で出された片桐幸雄氏(四国支社副支社長)が、7月14日に人事課で受けた事情聴取の機密内容が引用されているのだ。
事情聴取の内容は、人事のヒアリング担当と片桐氏本人しか知らない。人事は職員のプライバシーに関する事項であるから、組織としても、ほかにこれを知りうるのは人事担当役員、最終人事権者である総裁など、きわめて限られた人間である。件の怪文書は、この機密内容を総裁の主張を補強するかたちで使い、こう結んだ。「(片桐氏が)公団及び総裁に責任を負わせようとしている」。
これでは、保身のために藤井氏らが情報を流したのかと疑わざるをえない。氏はすべてを説明するか、それができないなら、もはや引責辞任しか道はない。