「 米露接近への焦りは禁じ手 日本は今こそ国益を計れ 」
『 週刊ダイヤモンド 』 2003年2月15日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 481回
一人ひとりの人生の展望は、各自が切り拓かなければ見えてこないのと同じく、一国の運命も、その国が目標を定め、自力で取り組まなければ拓けてはこない。
外務省が、尖閣諸島のうち、魚釣島など三島を埼玉県在住の持ち主から借り上げていたことが、1月末に発覚した。転売を防ぎ、日本国の領土として安定して管理するには、政府による借上げはよいことだ。中国政府は「誤ったやり方」と抗議したが、日本国民の側から見れば、珍しく外務省は、国として当然やるべきことをやったのだ。
だからといって、日本外交が全面的に国民の信頼を勝ちうる方向に進んでいるかといえば、そうではない。一例が、1月の小泉首相のロシア訪問である。首相はハバロフスクを訪れ、プリコフスキー極東連邦管区大統領全権代表と会談して「金正日総書記は常識を持った人。平等な条件で話し合えば肯定的結果を得られる。北朝鮮のエネルギー問題を解決すれば核問題も解決する」などと“教えてもらう”必要はなかったのである。
目的がはっきりしなかった今回の首脳外交の背景に、拉致問題の打開を側面から支援してもらいたいという他力依存と、急速な米露接近への焦りがあったのはほぼ間違いないだろう。だが、金日成・正日父子の権力確立を助けてきたのは、旧ソ連時代のこととはいえ、今のロシアである。2000年、森内閣のときに行なわれた沖縄サミットに、プーチン大統領は遅れて参加した。直前まで中国と北朝鮮を訪ね、金正日総書記との会談をしていたのだ。
沖縄入りしたプーチン大統領は「北朝鮮のミサイル開発は自衛目的で、いかなる他国にとっても脅威ではない」と述べた。またその前には、中国の江沢民国家主席とともに、米国のミサイル防衛(MD)計画は米国による世界の一国支配を狙ったもので許容できないと、強い調子で非難した。中国と連携する一方で北朝鮮を擁護し、米国に迫るという外交戦略だった。
だが、2001年9月11日の米国へのテロ攻撃、それに続くアフガニスタンへの米英両国を主軸とする攻撃で、ロシアは反米から親米へと大きく舵を切った。理由は、それがロシアの国益に適うと判断したからだ。
どの国の外交政策も、変化する。だが、一国の政策を変え、動きを起こさせるのは、残念ながら善意でも好意でもない。日本の外交当事者らはこのことをいい加減、学ぶべきだ。
ロシアに北朝鮮外交の助言を仰いでどうなるのか。百歩譲って、ロシアが北朝鮮に語りかけてくれたと仮定する。金正日氏が求めるものは、自らの安全と現体制の維持である。北朝鮮はロシアに、米国とかけ合って米朝不可侵条約を結べるように米国を説得せよ、と言うだろう。加えて、エネルギーや食糧援助を要求するだろう。
そうしたことにロシアは応じないだろうし、そこまで米国を説得する力もない。ロシアに頼ってもムダなのだ。
日本有利の立場をつくるためにロシアを動かすには、そうしたほうがロシアにとって得であるという状況をつくらなければならない。冷静に相手との力関係を測り、こちらの立場に相手が歩み寄ってくる状況をつくるのだ。
日本はロシアに比較して、有利な条件を多々備えている。経済と技術である。日本に不足なのは国としての意志の力である。領土問題も含めて、日本側から焦って持ち出すことは禁じ手である。就中(なかんずく)、北朝鮮問題でロシアに仲介を求める愚は、第二次大戦末期、ロシアに仲介を求めようとして絶望的な交渉を行ない、いきなり参戦されて北方領土を奪われたあの苦い歴史から、何も学んでいないことを示している。
米露接近は十分国益を計ったうえでのことだ。日本は今こそ、国益を計れ。