「 かたち整えて内容置き去り個人情報保護法修正案の欠陥 」
『週刊ダイヤモンド』 2002年12月21日新年特大号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 474回
悪評高かった個人情報保護法案が廃案にされ、次の通常国会で新たに提出されることになった。だが、新たに提出される修正法案は、個人情報保護法と呼ぶにはいくつか見逃すことのできない欠陥を含んでいる。
個人情報保護法案には2種類ある。民間企業の有する個人情報を守る民間個人情報保護法案と、行政機関の有する個人情報を守る行政機関個人情報保護法案である。前者は、“メディア規制法案”としてメディア側から総攻撃を浴びた。政府与党は今回、その部分をスッポリ削除したのだ。これによって、法案受入れに傾く大手メディアもある。メディア規制の部分が削除されたからには法案をすみやかに成立させるべきだとの主張がそれである。
だが、修正法案は本当に個人情報を守る法か。その点を検証してみれば、やはり欠陥法案である。
欠陥は、行政機関個人情報保護法案に著しい。同法案第三条は、行政機関が国民の個人情報を収集し保有するにはその情報の「利用目的をできる限り特定しなければならない」と規定している。「できる限り」とは曖昧な表現だが、問題は第三条三項である。行政機関が情報の利用目的を変更する場合、「変更前の利用目的と相当の関連性を有すると合理的に認められる範囲」であればよいとされている。
「相当の関連性」や「合理的な範囲」を決めるのは、官僚である。利用目的を変更すること自体、本人に確認したり了解を得たりする必要もない。となれば、「相当」「合理的」という、法的にはいかようにも解釈されかねない定義で、いったん行政機関の入手した国民の個人情報は、さまざまなことに使われてしまう危険性がある。
また第八条は、行政機関の有する個人情報は、「必要な限度で」「相当な理由のあるとき」「他の行政機関、独立行政法人等又は地方公共団体」に提供してもよいとなっている。
第三条と同じく、必要な限度や相当な理由を判断するのは、国民ではなく官僚である。しかも、本人への確認が必要ないのも同じである。第三条と第八条を合わせれば、行政機関が入手した個人情報は、本人の知らないところで、行政機関のなかでさまざまな用途に使い回しされることになる。
つまり同法案は、名前こそ個人情報保護法となっているが、実態は官僚が国民の情報を必要に応じて使い回しすることを法的に担保する内容なのだ。
行政機関個人情報保護法案には、今回罰則規定を入れたから、官僚による個人情報の流用悪用は避けられるはずだと政府は言う。確かに、修正前の法案にはなかった罰則規定が加えられている。2年以下の懲役、100万円以下の罰金である。
だが、これにも2つ疑問がある。罰則規定の適用は「自己の利益を図る目的で職権を濫用した個人の秘密の収集」とある。自己利益が目的でない場合は適用されない。防衛庁リスト問題の場合は、したがって、お咎めなしになる。
来年8月には国民に11ケタの番号を付けた住基ネットで電子カードが発行され、本格稼働する。国会での議論は、その前に、住基ネットの法的前提とされている「個人情報保護の万全の措置」をなんとしてでもかたちにしなければならないという類いのものだ。
かたちを整えることが先行し、内容が置き去りにされている。コンピュータネットワーク時代のあるべき個人情報の守り方とは何か。個人情報やプライバシーとは何か。こうした議論が不十分なまま、官僚たちが情報を意のままに使い回しすることのできる法律を成立させてはならない。メディア規制の部分が除かれたからという理由だけで同法案を是とするとしたら、それはメディアの責任放棄に等しい。