「 四十代ノーベル化学賞受賞で久びさに見た日本人本来の姿 」
『週刊ダイヤモンド』 2002年10月26日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 466回
田中耕一さんのノーベル化学賞受賞は、本当に嬉しかった。
日本人にまつわる近年のニュースはため息の出るようなものが多かった。消費者の信頼を二度三度と裏切った名門企業、雪印乳業と雪印食品。日本ハムも、業界最大手でありながら、輸入肉を国産肉と偽って政府に買い取らせようとした。
一般のスーパーマーケットや業者も、食品の産地の偽りを日常茶飯事のように行なっていたことが次々と判明した。日本人のモラルはいったいどうなってしまったのか、との思いをさらにたたきのめしたのが、北海道のスーパーマーケット西友での事件だ。
同マーケットは、輸入牛肉を国産牛肉と偽って売り続けていた。その事実が判明し、消費者に騙して売った牛肉の代金を返却するとなったとき、なんとそこに、若者たちが大挙して押し寄せた。西友の前に集まって怒声を発する男女の一群を映像で見たとき、私は本当に落胆した。
それ以前の不正や騙しは、小賢しい企業やおとなたちの犯行と考えていたが、今度は十代から20歳前後の若者たちである。西友が騙して売った金額の4倍の額が請求されたと伝えられたから、あそこに集まった若者たちの過半から大半が、買った覚えのない牛肉の代金を受取りに来ていたことになる。
夢を抱いて努力すればなんでもできる立場の若い世代が、なぜ、仕事をするよりも人を騙して小金を取ろうとするのか。眉を細くし、髪を染め、ピアスをして語尾上がりの語り方で、彼らは3万円、4万円と“被害額”を口にした。その姿を見ながら、ここはほかのどこの国でもなく日本なのだよ、君らは本当に日本人なのか、と問いたい気持ちだった。
あのときの鉛を飲み込んだような気持ちが、田中さんの受賞で吹き飛んでしまった。作業服を着たまま記者会見に臨んだ田中さんの姿は、これまでの受賞者とは明らかに異なっていた。それは彼の経歴にも表れている。学者でもなく博士でもない。あえていえば、ちょっと変わった会社の研究員である。彼は出世も望まず、研究が大好きで、自ら望んで現場に居続けたという。仕事が好きで、いちずに打ち込む職人気質の人なのだ。
田中さんの姿は、ちょっと大げさにいえば、日本の歴史を写し取った姿だと思う。室町時代、戦国時代から江戸時代への連綿と続く日本の歴史のなかで、数多くのすばらしい発明や技術、金融の仕組みや数学研究などに見事な足跡を残してきた日本人の姿そのものではないか。別の言い方をすれば、見事な焼物や塗物や絵や細工物、建築物を残した日本人の姿である。
自分自身の功名や出世や損得よりも自分の好きな仕事に没頭することに幸福と誇りを見出し、充足して日々を過ごしていくことのできる人である。その意味で、田中さんは、これまで日本を支えてきた日本の民の代表的な姿といえると思うのだ。
むろん、田中さん以外の受賞者もすばらしい。けれど、なかには猛烈な働きかけと広報活動を展開し、そのためにかなりの資金を使って受賞に漕ぎつけた人物もいる。そんな事例と比べて、田中さんの受賞は本当にすがすがしい。
戦後生まれで四十代の受賞は、なにもかもが初めてだ。日本では今も四十代、五十代の男性が自殺のトップをいく。責任感とまじめさゆえである。
彼らは誠実であるがゆえに、責任を取って命を絶っていくのだ。そんな彼らには、他人に迷惑をかけてもいいから借金を踏み倒して生きていけ、と言っても通じない。しかし、今ようやく私たちは、彼らへの元気づけの言葉を見つけたように思う。田中さんのような日本人がいるのだから、とにかく元気を出して、もう一度頑張ろうと。