「 法律施行前から改正を予告『住基ネット』の本当の怖さ 」
『週刊ダイヤモンド』 2002年7月6日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 452回
8月5日から、総務省は国民全員に11ケタの番号を振って住民基本台帳ネットワークを開始すると突っ張っている。
住基ネットが施行されれば、私たちはプラスチックのカードを持つことになる。私たちが買う1枚1400円のカードには、顔写真と8ビットのICチップが埋め込まれている。
過日、コンピュータ技術者の吉田柳太郎氏と話していて、この8ビットのICチップ1つで、10年前のパーソナルコンピュータが処理していたような計算やデータの更新が可能だと知って驚いた。つまり、住基ネットで私たちが持つプラスチックカードは、それ自体がコンピュータなのだ。私たちは単にカードを持ち歩くつもりが、じつはコンピュータを持ち歩かされるのだ。
そうなると何が起きるのか。吉田氏は、NTTドコモの「211i」機種以降の新しい携帯電話の例を語った。「211i」以降の携帯電話には、自販機からジュースやお茶を買う機能が付いている。請求は電話会社から来る。
「携帯電話がコンピュータ処理をするのです。Suicaカードも同じです。住基ネットカードのICよりも能力は落ちますが、これで瞬時に情報の読取りも書換えもできます。電話とSuicaと住基ネットカードをつなぐことも、技術的には容易にできるのです」
別の技術者が指摘した。総務省は、住基ネットカードに入力するのは、住所、氏名、年齢、性別と本人番号などに限るというが、8ビットのICチップには膨大な情報の入力が可能である。コンピュータ化の流れのなかでは、将来必ず、このICのなかに、総務省が言うよりももっと大量の情報が入ると考えるべきだが、その場合、情報の改竄(ざん)が容易にできるのが心配だというのだ。
技術者は次のように語った。
「住民カードに入れる8ビットのICからは、ごく微弱な電波が出ます。そこに電波でデバイスを与えてやると、答えが戻ってきます。カードが答えてくれる。となれば、そのカードにどんな情報が書かれているかを引き出すことは容易にできるのです。もっと怖いのは、わずか数秒で、大量の情報の書換えも可能なことです」
書き換えられた場合の怖さは、第一に、本人が気づかないことにある。ICチップのなかのデータは、そのまま目に見えるわけではない。本人は自分のことであるにもかかわらず、どんなことが書かれているかわからない。わからなければ、(偽)情報が書き込まれても直しようがない。
住基ネットが始まれば、住基ネットカードとSuicaと携帯電話などが一挙につながっていくことだろう。なんといっても、総務省が目指すのはeジャパンである。彼らは表向き、電子政府は効率よい行政事務の遂行を目指しているのであって、民間企業の使用を禁じているから大丈夫という。
だが、総務省のしていることは、住基ネットを利用する行政事務を当初の93件から264件に増やし、さらに1万0800件に増やすという類いのことだ。法律の施行前から、その法改正を臆面もなく何度も行なおうというのである。そんなお役所の言うことは信じられない。
総務省が、全国どこでも住民票の写しが取れるのがメリットだという住基ネットは、しかし、技術的に8月5日の稼働は不可能だ。日弁連の調査では、全国の自治体のうち、8月5日に向けて準備ができたと回答したのは、約半数にすぎない。残り半分は「間に合わない」「努力中」などと答えた。
加えて、このところ国分寺市や国立市が稼働延期を求める意見書を提出、他の自治体も延期を求める決議を採択し始めた。私は、技術的にあまりに危ういこのシステムは、ともかく凍結すべきだと重ねて主張する。