「 個人情報保護法案を廃止し国民総番号制を凍結せよ 」
『 週刊ダイヤモンド 』 2002年6月15日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 449回
防衛庁が情報公開の請求者の個人情報をリスト化し、利用していたことが発覚した。
驚くべきは、リストの存在を複数の人間が知っていながら、だれもリスト作成を止めさせようともせず、注意もしなかったことだ。個人情報を集めたリストの作成やその利用が、法律違反であることなど、ただの一人も留意しなかったのだ。
それにしても、福田康夫官房長官の反応はおかしい。防衛庁の不祥事が明らかになっているにもかかわらず、氏は繰返し記者会見で述べるのだ。
「官は違反しないことが前提です」
これこそ典型的な役人の発想である。個人情報保護法案や、今年8月5日施行の改正住民基本台帳ネットワークの問題を語るとき、官僚は必ずといってよいほど、同じ台詞を口にする。
「官は法に違反しないことになっているんです」と。
法律は、万人によって守られるのが最善ではあるが、万が一、守られなかった場合のことも考えておくのは当然だ。だが、彼らの発想は「法は守られる」「官は法を守る」という次元でとどまってしまう。なんと想像力に欠けた人びとか。
個人情報保護法案は、民間の所有する個人情報を守るための民間個人情報保護法案と、行政の所有する個人情報を守るための行政個人情報保護法案の2種類がある。前者は真正面からメディアを規制する内容で、たとえていえば、乱暴に自由を拘束するようなものである。もっと怖いのが、じつは後者で、真綿で首を締めていくような陰険な抑圧力を持つ。人間の精神の死をも招きかねない、あるまじき法案なのだ。
この個人情報保護法案が成立した場合、どんなことが起きるだろうか。今回の防衛庁の不祥事などはすべて合法になる。したがって、この種の事件をメディアが報道することもなくなる。
過日、当欄でも触れたため、繰返しになるが、行政個人情報保護法案では、行政が入手した個人情報は、一つの行政機関から「他の行政機関、独立行政法人等又は地方公共団体」に「必要な限度で」「相当な理由のあるとき」は使い回しをしてもよいと定められている(第八条第二項)。
加えて第三条第三項は、行政機関が特定の目的で入手した個人情報を、他の利用目的に変更する場合、「相当の関連性を有すると合理的に認められる範囲」であればよいとなっている。
行政側が入手した個人情報は、行政の都合次第で好き放題に使われるということだ。それを法律によって担保するのが、行政個人情報保護法案である。
繰り返すが、この法案が成立すれば、防衛庁の今回の事件は、「法律上なんの問題もないでしょ」と言われてニュースにもならない。
防衛庁の事件で役人が見せた個人のプライバシーへの無関心、無理解が、大手を振って罷り通る社会をつくってよいはずがない。
加えて、8月から国民全員に11ケタの番号が振られ、その番号の下に国民全員の個人情報が集められていく。総務省は、この番号に入力する個人情報は住所、氏名、年齢、性別の四情報と言い続けていたが、先週、それも嘘だとわかった。この番号をパスポートの取得にも使うというのだ。
つまり、戸籍情報も同番号の下で集中管理されるということだ。戸籍は、非常にセンシティブな個人情報を含む。それらすべての個人情報を、「法に違反しないことになってい」ながら実際には法に違反するのみならず、個人情報は守らなければならないという意識さえ不十分な官僚たちに任せることはできないのだ。個人情報保護法案を廃案にし、8月からの国民総番号制を少なくとも3年間凍結して、よりよいIT国家創設の道を考えるべきだ。