「 絶対に実施してはならない住民基本台帳ネットワーク 」
『週刊ダイヤモンド』 2002年5月18日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 445回
「住民基本台帳ネットワーク」(住基ネット)に反対と言うと、「清く正しい生活をしている限りは心配ないのに、なぜ反対なのか」と問われる。
住基ネットは今年8月5日から施行され、赤ちゃんからお年寄りまで全員が11ケタの番号をふられる。その番号は年金の受給、医療保険、自動車免許取得のときなどの本人確認のために使われる。対象となる行政事務は200種類を超える。そのプロセスのなかで、国民の個人情報は番号ごとに蓄積されていく。一極集中のかたちで集められた情報は、漏れた場合、あるいは売られたり盗まれたりした場合、損失は計り知れない。
総務省は、情報は漏れないという。民間企業には番号を使わせないし、情報を管理するのは行政であり、加えて、全国を結ぶコンピュータネットにはファイアウォールを設けるからだという。
しかし、総務省以外の省庁は、国民総番号制を前提にした企画を続々とつくりつつある。たとえば厚生労働省の介護保険である。が、介護保険を現場で手がけるのは民間業者である。民間企業も番号を使うことは織込みずみで、他の省庁は動いているのだ。それどころか、住基ネットのシステムそのものを行政の末端でつくっているのも、圧倒的に民間の業者である。法律上は、地方自治体がシステムづくりや情報管理をすることになっているが、実際にそれを担っているのは民間なのだ。
「ファイアウォール」などその道の専門家は、容易に破ることができると語る。総務省がファイアウォールをどれほど強調しても、日本の旧科学技術庁はじめ行政府の多くの部門のコンピュータが侵入されてきたことは事実である。コンピュータシステムで破れないもの、絶対に安全なものはないのだ。
このような誤った前提でつくられた住基ネットと、現在強い批判を浴びている行政個人情報保護法案が組み合わさるとどうなるか。恐ろしい国家像が浮かんでくる。行政個人情報保護法案は、行政が入手した国民の個人情報は、当初の目的以外にも、また、行政機関間での使い回しにも“相当の理由”があり、“合理的な範囲内”であればよいと定めている。
「相当な理由」や「合理的な範囲」とは、実態としては「いかようにも使ってよい」という意味だと、弁護士の清水勉氏は指摘する。となれば、集めた個人情報が行政側に渡った途端、好き勝手に使われるということだ。それを法律で担保することになる。
総務省は、住基ネットはOECD8原則を満たしており、国際的基準からみても立派な内容だという。同8原則はプライバシー保護に関しては国際社会の憲法といわれた基準だ。しかし、それは22年前のものだ。ホストコンピュータが部屋いっぱい占めるほど大きく、端末機は大企業や銀行にしかない時代は、コンピュータに入力した情報は、アクセスを制限したりすることで十分に守ることができた。
今はまったく事情が異なる。かつてのスーパーコンピュータより優れた機能のパソコンを、億単位の人びとが持つ。アクセスの制限やファイアウォールで情報を守ることは不可能だ。
時代の変化に対応して米欧諸国は今、情報管理とサイバーテロ防御のために、情報は一元的に集めず、分散して管理する方向に明確に変わりつつある。最も重要な情報は電子化せず、紙で保管することさえ実行されつつある。
番号一つで全国民の情報を把握されてしまうような一元集中の制度を実施し、行政がその情報を好き勝手に使う姿は、国際社会から見れば、裸同然の無防備このうえない姿である。情報は力である。その情報をいとも容易に取れる住基ネットは、日本の安全保障をも危うくする。絶対に実施してはならない制度である。