「 育児能力喪失の今必要な親になるための“親業教育” 」
『週刊ダイヤモンド』 2002年4月27日・5月4日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 443回
4月14日の「読売新聞」が、香川県の無認可「小鳩幼児園」での園児虐待の様子を伝えていた。同園では今年2月に藤島飛土己(ひとき)ちゃん(1歳2ヵ月)が急死したほか、園に預けられた多くの乳幼児があざをつくったり怪我をしていた。
元園長の谷佳津代(60歳)は傷害容疑ですでに逮捕されているが、谷容疑者による園児虐待の様子は、複数の親たちが目撃していたというのだ。
傷害事件の被害女児の27歳の母親は、女児を8ヵ月で預け始めたが1歳半ごろからあざが目立ち始めたと証言している。女児はやがて園に行くのを怖がり始め泣き出すようになった。谷容疑者はそんな女児に「激高し、母親の目の前で女児の襟首をつかみ、床に放り投げた」と「読売」は伝えている。
母親は確かに見ていたということだ。ほかにも、自分の息子が「床や壁に頭などを打ち付けられるのを目撃した」という別の母親の証言も報じられた。
谷容疑者には心底腹が立つ。同時に驚くのは、自分の子どもが目前でひどい扱いをされているのを見た母親が、それがしつけだと言われ、疑惑を抱きながらも「信じてしまった」ことだ。
1歳や2歳の、言葉も十分に話せない幼子を守ってやるのは最終的に親しかいない。日本の親の危機意識のあり様を、つい外国の母親たちの危機意識と較べてしまうのだ。
米国には多くのベビーシッターがいる。母親がキャリアを目指すほどに、幼いわが子をみてやることができなくなり、ベビーシッターが活躍する。
だが、親のいないあいだ、わが子がどんな扱いを受けているのか。それをチェックするための調査会社が米国にはいくつもある。自宅に幾台もの隠しビデオを設置し、ベビーシッターと子どもの様子を監視する仕組みである。人間不信の嫌なやり方である。しかし、この方法で多くの子ども虐待のケースが見つかった。わが子がひどくたたかれていたビデオを観て、ある母親は「殺してやりたい」と言って涙を流していた。その怒りはすさまじかった。虐待したベビーシッターには厳しい処罰が待っている。彼らは刑事訴追される。外国からの労働者なら、罰せられたうえ国外追放となる。子ども虐待を見聞きした場合は、警察への通報義務がある。通報しなければ罰せられる。
厳しい対処の背景には、幼児虐待が長く尾を引き、将来の犯罪につながるという事実がある。この春、高校教師を退職し、保育に関心の深い小林洋子さんは、いまどきの母親は自分の子を持つ前に、小さい子のお守りをした経験も育児を見たこともないケースが多いと次のように言う。
「育児を『ひよこクラブ』などのノウハウ本で学んでいる母親にとって、保育園長はいかにもプロに見える。そのプロが、壁にわが子の頭を打ち付けてしつけだといえば信じてしまうのです」
子どもは生まれて2ヵ月前後で、盛んにほほえみ返しをするようになる。母親が話しかけ、ほほえみかけ、抱きしめながら、この世に生まれてきたあなたは愛されているのだと伝え続けることで、子どものなかに愛や喜びの感情が育っていく。
「泣いたらぶたれたりすると、子どもの心には、逆に憎しみが生まれます。自分に力がついたら、自分を苛める人間をまず踏みつけてやりたいという感情を、幼いうちから抱いてしまう。これが人間不信、人間憎悪となって犯罪につながっていく」と小林さん。
だからこそ、親の役割が重要だが、現代日本の親は、子どもを守り育てるという当り前の能力を欠いている。1960年代から70年代の米国は、未熟な親に、親になるための教育プログラムを受けさせていた。日本にも親になるための教育プログラムが必要な時代になった、と思うのだ。