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2002.04.11 (木)

「 39年間薬害被告であり続ける国 」

『週刊新潮』 2002年4月18日号
日本ルネッサンス 第15回

Mさんが亡くなったのは、2年前の4月7日だった。彼の死を悼んで友人たちが集まった日、冷たい雨が花を散らしていたのを憶えている。

血友病患者だったMさんは、非加熱製剤でHIVとHCV(C型肝炎ウイルス)に重複感染していた。HIVへの偏見が強く、ほとんど誰も薬害エイズの当事者として表に出て来ることが出来なかった90年代初期に、彼は取材に応じ、多くのことを教えてくれた。

HIVとHCVの両方に向き合わなければならない中で、彼は見事に自分自身を律して暮らしていた。生活のリズムは感心するほど整っていたし、栄養のバランスを考えた食事への心配りも敬服すべきものだった。

地方の町から東京に出てきて、治療を受けつつ一人で暮らす日々。「寂しくなると聴くんですよ」と言って部屋に座り、モーツァルトのヴァイオリンコンチェルトに聴き入っていた彼の姿が目に焼き付いている。

Mさんは、最終的にHIVではなく、HCVに命を奪われた。彼と同じく、今HCVによって死亡する人の数は驚くほど多い。肝がんによる死者は、2000年には3万4000人に達した。これから10年間、死者は増え続けると分析されている。肝がん患者の90%がB型を含む肝炎ウイルスによるもので、更にその90%がC型肝炎患者である。

HCVは血液を介して感染するが、感染力は非常に弱く、日常生活ではほとんど感染しない。感染した場合も、“サイレントキラー”と呼ばれる同ウイルスは人間の自覚症状をほとんど起こさない。そのため本人が気付かない内に病状は進み、70%の確率で慢性肝炎となる。その内30~40%が10年から30年で肝硬変になり、そうなると年に約7%の割合、15年で80%が肝がんになるとされる。

正確な統計はないが、現在C型肝炎患者は全国で200万人から300万人に上る。WHO(世界保健機関)の統計によると、日本での蔓延率は2.3%にのぼる。米国の1.8%、フランスの1.1%、ドイツの0.1%、英国の0.01%に較べると遙かに高い数値である。

「薬害肝炎研究会」代表の鈴木利廣弁護士が語った。同会は医療の問題に詳しい弁護士約25名が構成する組織である。

「日本の肝炎の特徴は医療病、原因が医療行為にあることです。4月1日から5日間、初めて電話相談を実施して、反響の大きさに驚いています。682件もの相談があり、約8割が輸血で、約1割が血液製剤でC型肝炎に感染したらしいとの訴えでした。厚生労働省は、ずっとC型肝炎の感染源を特定するのは難しいと言ってきましたが、輸血や血液製剤を必要とする事態になった人たちは、そのことをはっきりと覚えているし、医療側にも記録が残っているのです。つまり、感染源の特定は比較的容易なのです」
特定困難とは、厚生労働省にやる気が無いと言っているに等しい。

変わらぬ体質

C型肝炎の原因の一つである、血液製剤、「フィブリノゲン」は1977年に米国で製造禁止になったが、このことを旧ミドリ十字(現・三菱ウェルハーマ)が旧厚生省に1984年に報告した。が、旧厚生省は1986年から87年にかけて、青森県の産婦人科医院で止血剤として使われ若い母親たちが集団感染するまで、何の対策も採らなかったことが、4月5日の三菱ウェルハーマの報告書で明らかになった。すでにこのことは、米国の製造禁止情報は旧国立予防衛生研究所部長の故・安田純一氏も著書の中で取り上げ、1979年に紹介していた。

厚労省には安田氏の著書が所蔵されているが、厚労省側はいつからそこにあったのか、不明だとコメントしているそうだ。読んでいなかった、だから責任は無いとでも言いたいのか。絵に描いたような無責任さは、旧ミドリ十字も同様である。4月6日の『読売新聞』は、1977年12月の米国での製造禁止の動きを、旧ミドリ十字はひと月後の1978年1月には把握しており、1月30日付の社外秘文書で、FDA(米国食品医薬品局)の禁止の理由は「効果が疑問であり、肝炎伝搬の危険性が高いこと」が理由だと書いて、社内関係部署に伝えていたと報じた。ここまで認識していても、ミドリ十字は非加熱フィブリノゲンを売り続けたのだ。

厚生省も、旧ミドリ十字を筆頭とした製薬メーカーも、幾度薬害を引き起こしても体質が変わらないことは、過去の薬害訴訟の和解の際の誓約からも見て取れる。薬害エイズと薬害ヤコブ病の和解で、厚生省と各メーカーが署名した確認書の文言は、呆れるほど似通っているのだ。

「裁判所が示した所見内容を真摯かつ厳粛に受け止め」「悲惨な被害を拡大させた」「重大な責任を深く自覚、反省し」「物心両面に甚大な被害を被らせた」「深く衷心よりお詫びする」と謝罪し、「薬害の再発を防止するため最善の努力をすることを確認」「にもかかわらず、再び本件のような悲惨な被害を発生」させたことを、「深く反省し」「原因の究明に一層努める」というものである。

1996年3月の薬害エイズ訴訟の和解から6年後の薬害ヤコブ病の和解で同じことを繰り返さなくてはならないのは、何も改善されてはいないからだ。だからこそ、厚生省は1963年に睡眠薬のサリドマイド被害で国家賠償訴訟を提訴されて以来、今日まで39年間、ずっと被告席に座り続けざるを得ないのだ。

こんな厚労省やメーカーにどう向き合えば良いのか。鈴木弁護士は、薬害肝炎研究会は当面、訴訟をおこすよりもC型肝炎の原因究明と患者への救済措置を政府に求めていくと語る。C型肝炎にはインターフェロン治療が高い効果がある。日本肝臓学会の肝がん白書は、完全寛解のためには最低1年間の投与が必要だと指摘している。だが、非常に高価なため、保険適用は半年に限られていた。必要なだけ保険で使えるようになったのは、今年2月である。

患者は自己負担でなければつい先頃まで、半年しか使用出来なかったのだ。リドビリンと組み合わせの治療も効果が高い。C型肝炎は早期に適正な治療をすれば、死ななくて済む病気である。そのためにも、最新の治療法の積極的な取り入れを求めていくことにまず力を注ぎたいと鈴木弁護士は言うのだ。

薬害エイズの患者や家族への支援を目的とする、「はばたき福祉事業団」の理事長・大平勝美氏は、感染症研究所(旧国立予防衛生研究所)が全く機能していない問題点を指摘する。

「最先端の情報はここに集まります。しかし、その情報が全く医療行政に反映されていない。片や厚労省側の担当者は一部局の少人数です。私たち血友病患者は、1983年から84年当時、凝固因子製剤と同じくフィブリノゲンからHIVや肝炎に罹る危険性を恐れていました。それを妊婦に使うなんてとても危ないと考えていました。情報が専門家の手元に留まることで、この国は常に患者が身構えていなくてはならない危ない国になっているのです」

Mさんが亡くなって丸2年、相も変わらぬ厚労省が変身出来るとしたら、医師でもあり、一連の薬害に理解を示している坂口力大臣が在任中に強い指導力を発揮することが必要だ。秘書給与をごまかすだけが政治家の能力ではないことを、薬害への取り組みで示していけ。

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