「 テロ対策法は日本の国家戦略 党利を優先させる愚を改めよ 」
『週刊ダイヤモンド』 2001年10月27日号
オピニオン縦横無尽 第418回
テロ対策特別措置法案をめぐって自民党と民主党の話合いが決裂したのは、大方の予想を裏切るものだった。同法案は、日本がどんなかたちでテロリストとの戦いに加わっていくのかを決定するものだ。
自衛隊派遣の国会への報告・承認は防衛庁長官が自衛隊に活動実施を命じた日から20日以内でよい、事後でよいとする自民党案に対し、民主党があくまでも「事前承認」にこだわったために決裂したという構図に、表向きはなっている。だが、決裂の真の原因は別のところにある。民主党案は「原則事前承認」である。「原則」なのであるから、緊急時には自衛隊派遣に先立って国会承認を得なくてもよいということである。自民党案とは、実質的な差はほとんどなかったわけだ。にもかかわらず、話合いは決裂した。
民主党側の理由を探ると、米国を襲った同時テロの意味がまだ十分には理解されていないのではないか、また、日本の国家としての真の主権の確立のために何が必要なのかが、これまたわかっていないのではないかと思えてならない。このテロは、民主主義と自由への挑戦なのだ。私たちはそうした価値観を守るために力を出さなければならない。次に日本の国益のために同盟国である米国に協力もしなければならない。NATOはその歴史のなかで、初めてこのテロに集団的自衛権を発動して対処することをいち早く決めた。「原則」という二文字を付けて実態としての事後報告を許すのなら、なぜ事後報告でよしとすることができないのか。その代わりに、国会報告のあと、国会が自衛隊派遣を否定すれば迅速に撤退させる道を担保することに力を注げばよいのではないのか。民主党側は形式だけの事前承認にこだわるあまり、より大きな目標を忘れた結果となった。ここに至るどんな微妙な事情があったとしても、民主党の政権担当能力が疑われてしまうのは避けられない。
民主党との協力体制より現状の与党三党体制を選んだ小泉首相の決断は、じつは三党幹事長によってすでに決められていたのが真相だという。三党が事後報告でまとまることができたのは、公明党が従来の立場を変えて事後報告でよしとしたからだそうだ。その背景には、選挙制度問題で同党が望む中選挙区制一部導入を自民党が受け入れたからだと伝えられている。
中選挙区制を都市部で一部導入する動きがあるのは明らかだ。導入を推進する人びとは、これは一票の格差の是正にもつながり、選挙区が小さく区切られる弊害もなおすと主張する。2つか3つの選挙区をひとつにしてそれを2人区あるいは3人区にするから是正されるというのだ。しかし、日本全国に広がる一票の格差は都市部を中選挙区制にするという小手先の改革では是正できない。一票の格差を先の参院選挙でみると5.02倍にまで広がっていた。東京選挙区の121万6607票対島根選挙区の24万2448人だ。参議院も衆議院も、一票の格差是正のためには抜本的な改正が必要である。
また、選挙制度も税制も、すべて制度というものは、できるだけわかりやすく簡素なものでなければならない。選挙制度は、現行でもきわめてわかりにくい。選挙区選挙で次点の候補者が落選するのは自然だが、なぜそのさらに下の得票の候補者が当選となってしまうのか。そんな矛盾がある現行制度をよりわかりやすくするのが先決で、これ以上新たな制度をつぎ足して複雑にすることは許されない。こうした動きは党利を狙った党略である。
テロリズムにどう対抗するかは、国家の戦略論でもなければならない。日本の政策が政局論や党利党略で決定されることで、日本のあり方を根本から議論する機会を失うとしたら、あまりにも情けないことだ。